高子:これまで香川県にたくさんの科学者がいたことを勉強してきたけど,不思議に思う ことが一つあるの。 松男:どんなこと? 高子:これまでの科学者は,みんな男性でしょう。女性の科学者はいなかったのかな。 松男:そうだね。外国にはキューリー婦人とか有名な科学者がいるけど,日本にはいなか ったんじゃないかな。まして,香川県にはいないよ。 (そこへおじいちゃんがやってきました。) おじいちゃん:二人ともここで何を話しているんだい。 高子:香川県の科学者の話。香川県からは女性の科学者は出ていないのかなって。 おじいちゃん:そんなことはないよ。香川県にも女性の科学者はいたんだよ。保井コノという 人なんだが,1928年に日本の女性として初めて博士号をもらった人なんだよ。 高子:本当?すごい人もいたのね。ところで,保井コノという人は,どこで生まれて,どんな ことを研究したの? おじいさん:保井コノさんというのは1880年に香川県の大川郡大内町に生まれた人だ。 勉強が好きで,人より1年早く香川師範学校(現在の香川大学教育学部)女子部に 入学したんだ。そして,卒業して,東京女子高等師範学校(現在のお茶の水女子大 学)に進んだ。毎年40名しか募集がないのに,その年香川県からは5名入学した そうだよ。 松男:香川県の人は優秀だったのかな。 おじいちゃん:そうともいえるね。東京女子高等師範学校で生物学を専攻し,卒業してから は,岐阜高校に勤めながら,高等女子学校の物理の教科書を書いたんだけど,その 本は,検定もしてくれなくて,不合格になった。 高子:どうして不合格になったの。うまく書けなかったの? おじいちゃん:そうじゃないよ。当時は男尊女卑という考え方で,男は偉く,女は卑しいという 考え方があったんだ。だから文部省の検定役人は「女に書けるはずがない」と頭から 決め込んで,検定もしてくれなかったという話だ。 高子:ひどい話ね。女が卑しいとは失礼な話ね。 おじいちゃん:まだまだ女性というだけで苦しい思いをしたのは他にもたくさんあるんだよ。 その後,東京女子高等師範の研究科(大学院)に入って,我が国初の女性の科学者 として「鯉のウェーベル器に就いて」という論文を外国雑誌に発表したんだが,このとき も「女性のくせに」という陰口をたくさんたたかれたそうだ。さらに,外国に留学するとき も,女性であるために取り上げてもらえなかったのを,東京帝国大学理学部の教授の 口添えで,「理科および家事の研究」ということでやっとシカゴ大学に留学でき,勉強す ることができたそうだよ。 松男:女性というだけで大変苦労したんだね。ところで,シカゴ大学ではどんな勉強をした の。 おじいちゃん:シカゴ大学の途中でハーバード大学に移るんだけど,その頃から石炭の研究 をはじめたようだ。その研究はその後ずっと続けていくことになり,この研究が博士号 をとるときの研究論文になるんだ。 高子:その論文が日本で最初の女性の博士論文か。 おじいちゃん:そう。理学博士という博士号をとった。それから,彼女は,先に言ったように, 大学院時代に日本女性として初めて外国の学術雑誌に論文を発表している。 高子:それもすごいわね。どんなことでもそうだろうけど,最初にやるというのはとても勇気 がいるし,よほど自信がないとできないことで,難しいことだと思うわ。 松男:ぼくもそう思うよ。でも,それだからこそいっそうやりがいはあったんじゃないかな, 研究者として。 おじいさん:アメリカではその優秀さが認められ,大学の教授にもなった。その後,日本に もどって母校(お茶の水女子大学)の助教授になった。男尊女卑の日本にもどるのも 勇気がいることだったかも知れないね。母校にもどってからも,石炭の研究は続けた んだが,石炭を集めるのが大変だったようだね。 高子:石炭はその頃汽車やストーブの燃料としてたくさんあったんじゃない。今より簡単に 手に入ったんじゃないのかしら? おじいちゃん:それはそうなんだが,保井コノの研究には,地下でとれた石炭が必要だった んだ。そこで,荒くれ男が働く炭坑で,それも井戸のようになった地下30メートルの 炭坑にモッコに乗って一人で降りていって標本を採取したそうだ。 松男:考えただけでも怖くなるね。研究の材料を集めるのにも大変苦労したんだね。 おじいちゃん:そうだね。また,第二次世界大戦中は,大学の講義がほとんどお休みした 中で,「いつ死ぬかわからないから,生きている間に勉強するんだよ」と話し,とても 質の高い講義をしたと伝えられているよ。 高子:すごい。私あこがれるわ。今の話しを聞いて,保井コノさんて現代でいえば,日本の 女性で初めて宇宙に行った向井千秋さんに何となく似ている感じがする。私も将来は 科学者になろうかな。 松男:本当に保井コノさんてどんな人だったんだろう。 おじいちゃん:三本松小学校に保井コノさんの胸像があるらしいよ。一度見に行きたいね。 高子:うん。行きたい,行きたい。 松男:高子ちゃんは女性のことになると本当に張り切るね。でも,ぼくも見てみたいな。 おじいちゃん:それじゃ。みんなでいっしょに行こうかね。 (こうして3人は保井コノさんの胸像を見に出かけました。) |
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