理 科
1 育成したい「思考力」
複数の事象を客観性のある視点をもって比較したり,要因の変化に伴う事象の変化を予想してその関係を確かめたり,要因が複数ある場合は要因を制御した実験を行って確かめたり,複数の方法で追究しその結果を関係付けて考察・処理したりしながら,特性を捉える力。 |
自然の特性(性質や規則性など)は,人間と無関係に自然の中に存在するのではなく,人間がそれを見通しとして発想し,観察,実験などにより,実証性,再現性,客観性をもって捉えたものである。そう考えたとき,本校理科では,自然の特性を捉える能力,すなわち自然事象の問題や疑問を解決する過程の中で発揮される能力(問題解決能力)を「思考力」とした。
学習指導要領においては,問題解決能力を以下の4点に分類し,発達段階に応じて重点を置いて育成すべき能力として位置付けている。そこで,4つの問題解決能力をさらに具体的に分析することとした。
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○ 比較する能力
比較すると言えども,ただ漠然と比べるのでは何も得ることができない。比べる視点が存在してこそ,課題性のある追究になりえる。多様な「視点」をもち,その「視点」の中から自然事象に共通する「視点」や差異のある「視点」を捉える能力のことである。
○ 要因を抽出する能力
自然事象の変化を観察し,既習経験や生活経験からその変化の要因を見出す。そして,事象の変化とその要因の関係を確かめる際に,「〜になったらこうなるだろう。」というように,要因がさらに変化した場合の事象の変化を予想し,それを確かめるために継続的に実験・観察を行う。そのようにして事象の変化とその要因との関係をより詳細に捉える能力のことである。
○ 要因を制御して計画的に追究する能力
自然事象の変化に関係するであろう要因が複数になることがある。1つの要因が関係していることを確かめる際に,その1つの要因は変化させ,他の要因を一定にして対象実験を行わなくてはいけない。そのような実験の計画を吟味し,確かめることで,どのような要因がその事象の変化にかかわっているのかを捉える能力のことである。
○ 多面的に追究する能力
自然事象の中には複数の特性をもっているものがある。できるだけ多くの特性を実証するこ
とで,その自然事象をより確実に捉えることができる。多様な方法で確かめ,その結果得られた複数の情報を関係付けて考察する能力のことである。
2 「思考力」を育成する単元編成
単元内の工夫
@ 育成したい能力に応じた単元展開
単元の展開については理科で育成したい「思考力」に応じて工夫する必要がある。
「比較する能力」や「要因を抽出する能力」を重点的に育成する中学年では,単元の導入場面で特性が明確に表れるような教材を扱うようにすることで,特性を捉えやすいようにし,学習への見通しをもたせる。
単元の終末場面においては,再度比較したり,要因を確かめたりする実験や観察の場を設定する。その際,扱う教材の種類を変えたり増やしたりすることで,比較する視点や事象と要因との関係などを捉える能力が活用され,そして強化されると考える。また,特性に反する例外の教材を扱うことで,必ずしも特性に当てはまらない場合もあるという自然のおもしろさに触れさせることも大切である。
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また,高学年の「要因を制御して計画的に追究する能力」や「多面的に追究する能力」を育成する学習においては,実験・観察の計画について吟味する場が重要になる。そこでは要因を確かめるための実験方法を,自己内での振り返りだけでなく,友達との相互評価によって吟味できるようにしなくてはならない。そして,実験・観察後にも,その結果について交流させることで,より客観性のある特性を獲得できるであろう。
また,他のグループの結果や自分の予想と違った場合は実験・観察の計画を見直し,再度実験をさせる。このような場を設けることで実験を吟味する力を育成できると考える。
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A 個に応じた支援を行う複線型の単元展開
単元の展開の中で,「思考力」についての習熟の差が生まれそうな場において「習熟度重視型」の少人数指導を行うことにより,個に応じてその力を補充・発展させることができると考える。また,追究する課題や方法が子どもによって多様になる場合は,「相互作用重視型」で行うことにより,複数の実験結果を関係付けたり,多くの自然事象の中から特性を見出したりすることに重点をおいた学習ができる。また,「興味・関心型」の少人数指導で行う場合は,追究する課題や方法が同じ子どもの集団が編成でき,実験方法の吟味などに重点をおいた学習ができる。
3 「思考力」を育成する支援
「思考力」の段階を考慮した教材の選定や,子どもが考えた追究方法を可能にするための多様な実験器具の配置 |
観察・実験を行う際,特性が捉えにくいことで子どもの思考が複雑にならないように,気付かせたい共通性や差異性を明確にもった自然物をこちらが選定しておく必要がある。例えば昆虫の観察を行い,数種の昆虫を比較していく中で,どの昆虫にもはねが4枚あることに気付いていく。しかし,このときはねが2枚のハエやはねのないアリを比較する対象に入れていると,「はねが4枚」という視点は生まれてこない。
「要因を抽出する能力」や「要因を制御して実験を計画する能力」を育成する際には,変化が顕著であるものを選定しておくことで,実験の結果が明確に表れ,要因と事象の変化の関係が捉えやすいことなどの効果がある。
「多面的に追究する能力」を育成する際には,複数の特性が顕著に表れているものや,一見よく似ているが,ある特性だけ異なっているようなものを併せて用意しておくことで,主体的に多くの性質から事象を考察させることができる。
また,自然事象の思わぬ変化や特性に興味をかき立てられ,「○○をさらに××すると△△するのでは」といった見通しをもった子どもたちに対して,既製の実験器具からペットボトルなどの生活の中から活用できるものまで多様な実験器具を備えておく。そして,子どもが必要と感じた場合はそれをすぐに使えるようにしておくことで,その見通しを確かめる追究が実現し,生きた思考力として身に付くものと考える。
比較する視点や,変化に関係する要因,実験において制御すべき要因,多面的に追究する方法など,個のもつ思考に必要な事項を引き出し,集団に広めたり,特性を集団で吟味したりすることができるような柔軟なグループ構成 |
思考が行われる際には,それを支える視点や要因などの事項が必要である。その事項を豊かにするために,他者と学び合う場は不可欠である。その際,学び合う集団を育成したい力に応じて意図的に編成しておくことで,よりいっそう効果が表れるものと考える。
例えば,子どもたちがそれぞれ違う課題をもっていたり,異なる追究方法を選んでいたりする場合は,ジグソー学習を行う。そうすることにより,子ど思考が行われる際には,それを支える視点や要因などの事項が必要である。その事項を豊かにするために,他者と学び合う場は不可欠である。その際,学び合う集団を育成したい力に応じて意図的に編成しておくことで,よりいっそう効果が表れるものと考える。
例えば,子どもたちがそれぞれ違う課題をもっていたり,異なる追究方法を選んでいたりする場合は,右図のようなジグソー学習を行う。そうすることにより,子どいたり,制御する必要性を確認したりすることができる。
また,グループ内で話し合う場においては,習熟が中程度の子どもの考えを核に話し合いをさせることも大切である。そうすることにより,核となった子どもは,より習熟の高い子どもからの質問を受けることで,自分に足りなかった思考に必要な事項を獲得することができる。また,習熟の低い子どものつまずきを理解することができるので,それに応じたアドバイスをすることができる。そのようにして,思考に必要な事項を全体で共通理解させることができると考える。
5年「物の溶けかた」 | ||
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水の量と溶ける量の関係を調べる学習では,水の量だけを変化させそれ以外の要因を同じにする条件制御の必要性を考えさせた。その際,既習(植物の発芽や成長)の考え方を基に,具体的な実験方法を考えさせ,実験に結び付けていった。また,溶かす物として,常温で溶けやすく,水の温度に伴って溶ける量が大きく変化し,さらに安全性もあるミョウバンを用いることで,溶ける量の特性を明確に捉えさせたいと考えた。 水の温度と物の溶ける量の関係を調べる学習では「条件制御の考え方が不十分な子」「常温の水とあたためた水の2点で比べようとしている子」「数度おきに溶ける量を調べようとしている子」の3つの意識の子どもが存在していることが分かった。そこで,それらの子どもが混在したグループを構成し,「常温の水とあたためた水の2点で比べようとしている子」の意見を基に,よりよい実験方法を話し合わせた。その際,子どもたちは,「条件制御の考え方が不十分な子」に対して,「水の量や溶かす物などを同じにしなければ,水の温度と溶ける量の関係は分からない」といった考えを,実験方法を計画する中で具体的にアドバスしていた。 また,数度おきに溶ける量を調べようとしている子から,「多くの水温での溶ける量を調べると,どのように溶ける量が変化しているのかがよく分かる」といった意見を聞くことで,全体の考えを高めていった。 |
思考過程が明確になるようなワークシートの工夫を行い,その記録を振り返る活動を行うことで,思考に必要な知識や技能を確かめさせる |
課題に対して様々な実験方法が混在することが多い理科の学習では,実験や観察の記録を分かりやすく整理してまとめることが必要である。そこで,自分の実験結果と他の実験結果との関係を捉えやすくできるような板書やワークシートを工夫することで,子どもが主体的に比べたり,関係付けたりして考えることができるようにする。
また,単元の中で子どもが獲得した思考は他の自然事象に出合ったときに転移されてはたらく性質のものでなくてはならない。しかし,その思考はもち得ていても,それを発揮する場面であるかどうかの判断につまずいている子どももいるであろう。そのような場合には,過去の記録物を振り返ることで,思考に必要な知識や技能を確認し,その事項を子どもが活用・工夫することができるようにしたい。
各問題解決能力に応じた提示資料や記録物の特徴を以下に示す。
比較する能力 | 「色」や「形」など多様な視点が考えられる。しかし,対象となる自然事象によって,そして,比較を繰り返す中でその視点がいくつかに絞り込まれる。絞り込まれたその視点をカード化しておくことで,共通性のある新たな事象に出合った際に,比較する視点を転移させることができる。 |
要因を抽出する能力 | 事象が変化する様子と,要因と思われるものの変化が記録できるような観察記録やワークシート,資料などのレイアウトの工夫が必要である。また,記録の連続性がよく分かり,そこから事象の変化と要因との関係が捉えられるようにするための記録の綴らせ方や掲示の仕方の工夫も重要になる。 |
要因を制御して計画的に追究する能力 | 変化させる要因と変化させない要因が明確に分かる提示資料や,実験方法とその結果が整理して記録できるようなワークシートを用意する。そうすることにより,確かめたい要因と実験結果との関係を捉えさせることができる。また,前時の実験の計画や結果の記録を提示することで,そこから要因を制御する方法を活用させたり,本時の追究内容に合わせて実験計画を加工させたりすることができる。 |
多面的に追究する能力 | 様々な実験方法とその結果が比べられ,それらを関連付けて特性が見出せるよう,マトリックス表のようなレイアウトの板書やワークシートを用意するようにする。また,見出した特性に対する根拠が書き込める枠を常に設けておくことで,客観性のある根拠をもとうとする意識をもたせる。 |
4年「あたたかさと生き物」 | |
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春,花が咲き葉が茂ってきたサクラの観察を行った。 「春休みに入る前は葉が1枚もなかったのに・・・。」 ある子どもの発言から,植物が変化するようになった要因を考えていった。 「春になって,あたたかくなってきたからかな。」 ほとんどの子どもはそう予想していた。中には「日の当たる時間が長くなった」という要因を考える子もいた。 そこで,植物の成長とその要因と思われる気温との変化を関係付けて考えることができるようにするため観察記録をファイリングしておくこととした。 ワークシートにこれからの植物がどのように変化するかを予想させると,これまでの経験から気温が低くなってくると枯れていくと予想する子どもと,気温が下がっても枯れずに大きくなると予想する子どもがいた。また,サクラの木もヘチマと同じようにどんどん成長すると考えている子どももいた。そこで,植物の成長と気温との関係を確かめるために,季節ごとのサクラと,春に種を植えたヘチマの観察記録に右図のように気温の変化や日照時間も調べて書き込ませることにした。 3学期。ファイルをめくって1年間記録してきた様子を振り返ることで,気温という要因の変化に伴ってサクラやヘチマが姿を変えていることや,それぞれの変化に違いがあることを捉えることができた。 |
子どもが生活経験の中ですでに感じている自然の特性を学習に関連させる助言 |
理科の学習内容は子どもたちにとって身近に存在する自然事象を扱ったものである。それゆえ,子どもたちはこれまでの生活経験からその自然事象への見方・考え方をすでにもち得ていることもある。そこで,学習した自然事象が生活のどのような場で起こっているかを想起させる助言を行うことで,比べる視点や事象の変化とそれに関係する要因を見出させることもできると考える。
5年「水の流れるはたらき」 | 5年「物の溶けかた」 |
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「物を水にたくさん溶かすには,水の温度を高くすればよい」と予想する子どもたち。「水の温度を高くしたとき,物がたくさん溶けた経験があるのかな?」と助言すると,子どもたちは「コーヒーは,水のときは溶けなかったけど,お湯だとよく溶けるよ」と経験を語った。自分の予想と経験を関連させながら,自分の考えを高めていったのである。 |
「土地が削れるのは,水量と流れの速さに関係がある」と予想した子どもたちに,教師から「水量が増えたり水が勢いよく流れたりしたとき,大きな力が出ているのを見たり,感じたりしたことがあるのかな?」といった具体的な助言をした。この助言を受け,子どもたちは,「流れるプールで,たくさん水を受けるとその場に立てなかった」「ホースで水を勢いよく飛ばすと,手が痛かった。この方法で,土地に穴を空けた」といった経験と自分の予想とを関連させて考えることができた。 |
4 「思考力」の評価
○ 比較する能力
教師側が必要だと考えている視点の数に対し,子どもがいくつの視点を考えることができたのか,そして,その視点から共通性や差異性を捉えているかどうかを,比べる活動を行う際に記録させたワークシートや発表内容などから評価する。
○ 要因を追究する能力
事象の変化を気温や時間などの変化と関係付けて予想できているか,さらには数値や数量に着目して関係付けているかどうかを,観察記録や子どもの行動観察,発表内容などから評価する。
○ 要因を制御して実験を計画する能力
事象の変化にかかわる要因を追究するために,制御する要因と変える要因を考えて実験が計画できているかどうかを,ワークシートや子どもの行動観察,発表内容などから評価する。
○ 多面的に追究する能力
1つの問題に対し何種類の追究方法を考えられるか,あるいは実験後の考察において,複数の実験結果をいかに関係付け特性の根拠がもてているかどうかを,ワークシートや発表内容などから評価する。
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