音 楽 科

1 育成したい「思考力」

a 楽曲や音のもたらす気分や内容から,表す情景を想像したり,特徴付けている要素を感じ取ったりする力。
b 感じ取ったことを基にして自ら創意工夫し,より豊かな音楽活動の方法を求めていこうとする力。

 音楽科における「思考力」は,楽曲や音を通して感じ取ったことを基にして,より豊かな音楽活動へと高めていこうとする力であると捉える。感受することが音楽活動の出発点となり,このことを基にして,表現するための工夫や,鑑賞の工夫へと展開していく力である。
 この「思考力」の観点は,指導要録では「音楽的な感受や表現の工夫」という言葉で表わされているが,表現の工夫だけを指し示しているのではない。ここでは音楽活動として捉えているので,鑑賞の工夫という意味も含まれている。感受したことを基にして,聴くめあてをもって,自分なりの鑑賞の仕方を工夫するところにも思考は働くのである。

a 「感受」する力とは 
楽曲や音から,情景といった具体的な像を描く力であり,自分のもっている音楽的な要素にに対して反応する力であると考える。

b 「創意工夫」する力とは
より豊かな音楽活動を求めて,創意工夫する際に働く思考は,以下の2通りが考えられる。
○ 一つの楽曲に対して音楽的要素を強調する
例えば「ふじ山」を歌唱表現する場合,いろいろな情景のふじ山を想像してイメージを膨らませ,高い音から始まる4フレーズ目が曲の山場であるという音楽的な要素に着目し,声の出し方や顔の表情を豊かにして,その要素を強調していこうとする力である。鑑賞においても同様で,その楽曲を聴いて,いろいろな情景を想像し,その曲を特徴付けている音楽的な要素を感じ取り,その要素をさらに深く味わうために,例えば手拍子を打ちながら聴くとか,ある楽器の音色にしぼって聴くとか,自分なりに聴くめあてをもって聴こうとする力である。
○ 楽曲に加える・変える等の創作をする
 例えば「おはなしとおんがく」という題材では,複数の楽曲で構成されるが,一つの楽曲に対する工夫に加えて,曲の入るタイミングや曲と曲とのつなぎ等,楽曲を取り巻くその他の要素に対する工夫が必要となる。複数の楽曲に共通するイメージをもって,創作や音づくりをしていこうとする力である。鑑賞曲においても同様で,一つの楽曲に対する工夫に加えて,その曲に共通するイメージや音楽的要素をもつ他の楽曲を自ら聴こうとする力である。

2 「思考力」を育成するための単元編成
 単元内の工夫 
子どもたちが感受することが,音楽活動への工夫という思考の出発点になる。したがって単元展開においては,感受が深まっていくための価値ある題材や楽曲に出会わせることが,まずはじめに重要になる。価値ある楽曲とは,特徴付けている音楽的要素が明確であり,子どもたちが取り組みやすく,また取り組みを進めるにしたがって,深い味わいや活動の成就感が増してくるような曲のことである。
 そして,感受したことを基に,自分の思いや願いをもつようにするためには,その楽曲からもったイメージを絵や言葉でも表現してみたり,さらにその楽曲から連想する生活経験や既習曲を挙げ,それらを関連させたテーマを設定し,複数曲からなるユニットを形成したりする。
 そうすることで,感受が深まるとともに,音楽的要素を工夫の視点に取り入れた,創造的な音楽活動へと展開していく。
自分の思いや願いを達成するためには,課題を設定し,それを解決していく必要が生じる。
例えば表現(器楽)では,自分の出したい音のイメージに合うような楽器の演奏法を,いろいろと試行錯誤したり,より豊かな響きで表現できるような和音を考えたりする等,個やグループで解決へのプランを考え,音で確かめながら,工夫の視点を明らかにしていくようにする。
 そして,計画と試行を繰り返すことで明らかになってきた工夫の視点を定着させるためには,他の楽曲において活用してみる経験が必要である。そこで,単元の終末には,自己の技能(表現・鑑賞)を見極めて,工夫の視点を使ってみるような場を設定する。
 このように,思いや願いをもち,課題を解決した主体的・創造的な学習経験を継続することにより,他の場面や題材においても,応用・転移できる力が育つと考えられる。そこで,一つの楽曲を深く学習する楽曲構成の単元展開と,複数の楽曲を教材とする主題構成の単元展開とを,うまく組み合わせながら,音楽活動の学習経験を豊かにしていくようにする。

楽曲構成の単元展開
一つの楽曲から曲のイメージを深める
イメージに合う形態で表現する
工夫の視点を一つの楽曲に生かす
主題構成の単元展開
複数の楽曲からイメージを広げる
生活経験や既習曲を想起して表現する
工夫の視点を音楽活動に生かす

3 「思考力」を育成する支援

感受を深めるために,その曲の表す情景や様子を,生活経験や既習曲とつないでイメージを広げたり,複数の楽曲によるユニット化を図ったりする

低学年の時期には,表す情景が具体的に想像できるような題材や楽曲を用いて,他の教科と関連させたり,写真や実物等で学習環境を整えたりして,より感受が深まるよう支援する。例えば,生活科の「自然とのふれあい」といった学習と関連させることで,楽曲の表す情景や様子が豊かにイメージでき,それが後に,自分の出したい音へのイメージにつながっていく。
 中学年以降では,歌詞を縦書きで書かせたり,何度も朗読させたりして,情景や様子を想像させるとともに,そのイメージの広がりを,生活経験や既習曲につないで,複数の楽曲によるユニット化を図るようにする。そうすることで,中心教材となる楽曲のイメージが焦点化され,より感受が深まっていくのである。
 さらには,曲の背景や作曲家について調べたり,その調べから,作曲家の意図をも想像したりすることで,鑑賞領域においても,既習曲を想起するような主体的な聴き方が期待される。

3年 「小さな四季・唱歌でつないで」(表現領域)

「春の小川」「茶つみ」の曲からイメージを広げ,春から初夏にかけての季節について,思い浮かぶものをできるだけたくさん言葉や色で表現させた。

イメージの広がり
「春の小川」から・・・あたたかい・ぽかぽか・さらさら・そよそよ・めだか・れんげ・つくし・さくら・入学式・青・ピンク・・・
「茶つみ」から・・・・さわやか・おいしい・いいにおい・緑・グリーン・・

 すると「春の小川」を歌うときは「あたたかい声で」「れんげになったつもりで」「青色の感じで」など,その子なりのイメージをもって,表情豊かに歌うようになった。また「今のような季節に歌いたい曲は,他にないかな」と発問すると,幼稚園や低学年のときに学習した「こいのぼり」や「かたつむり」,「春が来た」「うみ」といった唱歌が浮かび上がってきた。
 そこで複数の唱歌を,季節の移り変わりとともに,音や間奏でつなぎ,学級全体で一つの音楽に仕上げていく学習を計画した。そうすることで,「春の小川」と「茶つみ」は同じ春の歌だと感じていた子どもたちが,「やっと来た春」と「夏に近い春」と,少しイメージが違うことに気付いたのである。
 唱歌は,歌詞が極めて日本的で,七五調のリズムと覚えやすい旋律,それに歌唱でも器楽でも表現でき,我が国で古くから歌い継がれてきた日本の文化である。唱歌という価値ある題材に出会った子どもたちは,曲ごとに色分けしたボードに歌詞を縦書きしたり,自分の思いを書きこんだりしてイメージを膨らませていった。そして,以下のような表現の工夫へと結びついていった。

歌グループ・・・・・旋律線や曲の山を意識して,やわらかい声で歌うことができた。
楽器グループ・・・・歌に合わせようと,強弱をつけて演奏することができた。
つなぎのグループ・・曲の余韻を味わってから,そっと鳴らして次につないでいた。

感受したイメージの実現に向けて,自分で立てたプランで試行錯誤することを繰り返させることで,音楽的要素に着目して表現を高めていけるようにする

 表現したい音がイメージできると,それを実現させるための手段や方法が必要になってくる。その際,子どもたちは「この音では,何かもの足りないな」「もっと○○して○○が表せるようにしたい」などといった音楽的要素を含んだ課題が生まれてくる。
 その課題を解決するためには,個人の技能のレベルを教師が把握しておき,個に合った解決プラン(学習計画)を一緒に考えていくことが重要である。課題が高すぎても低すぎても子どもたちは意欲を失ってしまう。そこで,個人のレベルに応じて課題を選択させるようにし,その解決方法は自分で,あるいは友達と一緒に,プランニングさせるような学習を設定する。
 そうすることで,音楽とのかかわり方を学び,主体的・創造的な力になっていくと思われる。

5年 「変奏曲をつくってつないで」(表現領域)
 シューベルトのピアノ五重奏曲「ます」やモーツアルトの「きらきら星変奏曲」を鑑賞して,子どもたちは,自分たちも何か変奏させたいという願いをもった。そこで,教師は変奏のおもしろさが味わえるように,原曲(主題)は,動物を主人公とするハ長調の曲に限定し,その中から選択させるようにした。
                                        易 → 難

 「かえるの合唱」「こぎつね」「アイアイ」「森のくまさん」
 そして,同じ原曲を選択した子どもたちでグループになり,どんなイメージに変奏させたいのかという表現への思いを,一人一人プランカードに書かせた後,そのようなイメージになる表現方法を,楽器を使って音で試行させた。変奏のための決定的な要素(例;調を変える・拍子を変える)は教師が提示しておくが,試行する中で子どもが見つけた要素(例;速度を変える・音色を変える・複数の要素を変える)は教師が賞賛したり,全体の場で発表させたりして,自ら課題を解決した達成感を味わわせるようにした。

 イメージと音楽的要素を結んで課題解決
・楽しそうに散歩している・・・・スタッカートにして・・・・ピアノ
・しかられてつらい気持ち・・・・短調にして悲しそうに・・・鍵盤ハーモニカ
・友達と踊っている・・・・・・・3拍子で速く軽やかに・・・グロッケン
・疲れてぐったりしている・・・・低い音色でゆっくり・・・・バス木琴

 子どもたちはグループの中で,一緒に演奏したり,お互いに聴き合ったりして,次第に曲と曲をつないでいく活動へと発展していった。そして,変奏の数や順序を話し合う中で,動物の行動に合わせたストーリーが生まれていった。そうするとさらにイメージが広がり,もっとふさわしくするために,単音(一人)ではなく和音(複数)にしようとか,スムーズにつなげるために,何か音を入れようとか,各人がもっと練習しようとか,自分の技能に応じた工夫の視点をもって,グループで一つの変奏曲をつくりあげようと,自分たちで課題を設定し,解決していったのである。

生活を明るく豊かにする音楽について考えるために,学習したことを他の題材や楽曲に応用・転移させる

 音楽の学習は,活動そのものが経験であり,また問題解決的な活動でもある。したがって,感受から音楽活動への工夫していくという視点が,子どもたちにそのまま経験として蓄積されるとともに,経験から学んだ音楽の楽しみ方は,生涯にわたって音楽にかかわっていくことができる力の基盤になる。
 そう考えたとき,様々な形態の音楽や表現方法に出会わせることで,感受を豊かにするとともに,一つの題材あるいは楽曲で工夫した経験を,他の題材や楽曲においても生かせるように,日ごろから教師が働きかけることが必要である。例えば「どんなことに気を付けて表現したらうまく感じが表現できたかな?」「いろいろな曲を聴き比べたことがあったね。」というように発問や助言をすることによって,これまでの学びを想起し,表現や鑑賞の工夫に向かっていくようになると考える。

6年 「世界の音楽・くらしと音楽」(鑑賞領域)
 本題材のように,鑑賞と表現の両面から世界の音楽を学習することは,経験を豊かにし音楽の視野を広げることをができる。子どもたちは,世界には様々な人々が暮らしその土地に合った音楽が数多く存在していることを知り,自国の音楽と比較しながら,音の世界を広げていった。

子どもの感想の例
「ガムラン」・・・金属音と繰り返しのリズムが,日本の獅子舞によく似ている
「ホーミー」・・・人間の声とは驚いたが,筝のような楽器の音とよく合っている
「トーキングドラム」・・・今まで聴いたことのない音楽だが,何回も聴くとアフリカの人の生活が見えてく るようだ

 さらに「夜が明ける」の歌唱表現を通して,歌詞にこめられた黒人の思いや,この曲の生まれた背景を考える学習を設定した。子どもたちは,何回も聴いたり歌ったりしているうちに,同じリズムが反復されていることや,一人が歌うところの旋律が違っていることに気付き,歌詞を見て「なぜ早く家に帰りたいんだろう」という疑問をもつようになった。そこで,ジャマイカの歴史について書かれた資料を提示し,黒人の労働について意識させた。そして,曲の特徴と歌詞とを結び付けて「なぜこの曲が生まれたのか」といった曲の背景を考えることにより,今までの学習とは視点を広げた見方ができるように支援した。

曲の特徴と歌詞との関連から背景を探る
速さが変化する・・・・早く家に帰りたい気持ち,疲れてきた気持ちが速さに表れた
コールアンドリスポンス・・・一人の声にみんながつられた 同じことを思う気持ちが一つになった
同じリズムの繰り返し・・・・ジャマイカの人はこのリズムが好き バナナを積む作業によく合っている
 
 子どもたちは,5年生のときの題材「日本の民謡と子もり歌」で,歌の生まれた背景や,歌のもつ役割を学習しているので,そのことを想起しがら,生活の中で音楽の果たす役割を考えていったのである。そして,音楽には,元気を出したり,悲しみを癒したりする効果があることを感じ取っていき,鑑賞の仕方の工夫へと子どもの意識はつながっていった。
・作業をしながら口ずさんだ歌が民謡になったのだから,ジャマイカでも,バナナ積 みの作業をしながら,自然にこの歌が生まれたんだと思うよ。日本の民謡を学習し た時のように,バナナ積みの様子が,繰り返しやリズムに表れているか聞いてみよ う。▼・一人が歌って次にみんなで歌うような歌い方の曲って,他にあったかな。人数が多 くいるときや,みんなの気持ちを合わせるときにこういう歌い方をしているね。こ れまでに学習しているよく似た構成の曲と聴き比べてみよう。
 このような鑑賞の工夫を通して,子どもたちは「夜が明ける」の曲のイメージが深まり広がるだけではなく,音楽のもつ効果,素晴らしさをも感じ取っていったのである。そして,自分の身の回りにおける音楽と自分とのかかわりについて話し合っていった。

・日本も世界も,生活の中から音楽が生まれる
・歌を歌うことで,みんなの気持ちが一つになる
・悲しいときに明るい歌を歌ったら,元気が出る
・今の自分が一番元気になる歌は何かな

4 「思考力」の評価

評価の観点 主な場面 評価の方法 配慮事項
思いや願いをもつ
(音楽的な感受)
歌唱・器楽

創作・鑑賞
情景や様子を
言葉や絵で表現

感じたイメージを
図形楽譜で表現
言葉・・豊かな表現(量と質)
絵・・・背景まで描く        効果的な色使いにする

イメージが直線的か曲線的か
イメージが相手に伝わるように
課題を解決する
(表現の工夫)
歌唱・創作
器楽・創作
イメージカード
プランカード(計画書)
イメージと表現方法を関連させている(例;〜な感じにしたいから,〜な音を出す)
解決の見通しをもっている
音楽を生活に取り入れる
(鑑賞の工夫)
鑑賞
課外・家庭
レパートリー表 楽曲の特徴を捉えている
生活の場面にふさわしい音楽を選択する

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