1999年天文教育研究会 集録原稿

惑星の見かけの運動からの距離推算

松村雅文、岡谷史子

香川大学教育学部、香川大学大学院教育学研究科)

 

Abstract. We derived the distances of planets from their apparent motions, to obtain better understanding of their motions in the sky. The derived distances are fairly accurate. Our method is helpful to understand not only the planetary motions, but also annual parallax of stars.

 

1.はじめに

惑星は、天球上を順行・逆行し、見かけの運動は複雑である。この見かけの運動の複雑さは、惑星の公転運動と、地球の公転運動の両方の効果が利くことや、地球も含め、惑星の軌道は楕円形をしており、しかも非等速に運動すること(ケプラー運動)などに起因する。

恒星の年周視差は、恒星までの距離を求めることができるため、重要である。年周視差は、恒星の微小な見かけの動きであり、地球の公転運動を反映したものである。これは、惑星の見かけの運動に比べると、単純であるだけに理解しやすい。

横尾(1993)は、惑星の見かけの運動は、惑星の公転による「順行運動」と、地球の公転運動による「年周運動」(恒星の年周視差と同様なもの)の合成されたものとして理解できることを指摘した。彼は、更に、恒星の距離を年周視差から求められるのと同様に、惑星の軌道半径を見かけの運動の「年周運動」成分から求めることができることを示し、例として木星の場合をあげた。このようにして惑星の軌道半径を求める方法は「コペルニクスの方法」と呼ばれている(横尾氏の談による)。

ここでは、この「コペルニクスの方法」を、すべての外惑星に応用して、太陽からの距離(軌道半径)を求めてみた。その結果、遠い惑星ほど、惑星自身の公転の効果が小さく、比較的精度良く距離が求められることがわかった。距離が遠いほど、年周視差から恒星の距離を求める場合に近くなるのである。高校や大学で用いられている教科書では、惑星の見かけの運動と恒星の年周視差は、通常、別の項目として取り上げられている。しかし、両者は類似の現象として同時に扱うほうが学習しやすいと考えられる。ここでは、この可能性についても考察した。

 

2.惑星の見かけの運動の“分解”

天球上の惑星の運動の例として、木星の場合を、図1に示す。ここでは、データはすべて天文年鑑から引用した。図1の横軸は赤経、縦軸は赤緯であり、木星は平均的には、赤経に関して西から東へ、赤緯に関して南から北へと動いていることがわかる。西から東へ動くときの運動は「順行」と呼ばれている。木星は平均的には順行しているが、東から西へと「逆行」することがあることがわかる。順行運動は、惑星自身の公転によると解釈できる(横尾、1993)。尚、順行から逆行へ、または逆行から順行へと変わるとき、天球上を静止するときがあり、「留」と呼ばれる。

順行運動(木星自身の公転の効果)を取り去ってみた結果を図2に示す。ここでは簡単のために、単位時間あたりの順行運動は一定であると仮定した。得られた結果は直線的であり、地球の公転運動を反映したものである。とのため、これは、恒星の年周視差と同様のものである。

1. 木星の天球上での運動。

2.木星の見かけの運動(木星自身の公転の影響を取り去った場合)。

1とは縮尺が異なる。

 

同様に、冥王星の天球上の運動の様子を、付録の図A1と図A2に示す。図A1は天球上での実際の運動であり、図A2は、順行運動を取り去ったものである。木星の場合は、見かけの運動は直線的であったが、冥王星の天球上での実際の運動は緩やかなループを描いており(図A1)、順行運動を取り去ったものは楕円形をしている(図A2)。木星は、地球の軌道面(黄道面)に位置していたために、「年周運動」は直線的になったが、冥王星は、地球の軌道面とは大きく異なる場所にあるため、「年周運動」は楕円になった。恒星の年周視差の場合でも、恒星の見かけの運動は、黄道面からどれだけ離れているかによって、直線、楕円、円になる(例えば、ウンゼルト、1978)。惑星の見かけの運動の「年周運動」成分についても同様であることがわかる。

 

3.「年周運動」成分からの軌道半径の推算

「年周運動」が、恒星の年周視差と同様のものであるならば、年周視差から恒星の距離が導けるのと同様に、「年周運動」から惑星の太陽からの距離を導くことができるはずである。そこで、各惑星の「年周運動」の半径p1を用いて、d1 = 1 / sin(p1) の式を用いて太陽から惑星の距離d1 を求めてみた(表1)。尚、p1は、惑星の公転の効果を天球上の直線と仮定し、見かけの運動から引いて求めた。また、より近似的な方法として、留と留の間の角度を用いて、同様の量(p2,d2)を導いてみた。p2 は、{留と留の間の角度 惑星の公転の効果による角度}/2 として計算した。留と留の間の角度を用いても、近似的に距離を出すことができることがわかる。

 

1. 距離推算の結果

 

p1()

d1 (AU)

p2()

d2(AU)

実際の距離(AU)

火星

47.3

1.4

28.9

2.1

1.5

木星

11.2

5.1

9.6

6.0

5.2

土星

5.8

9.9

5.3

10.8

9.6

天王星

2.89

19.8

2.81

20.4

19.2

海王星

1.87

30.7

1.94

29.5

30.1

冥王星

1.85

31.0

1.87

30.7

30.2

 

本来ならこのような計算は、黄道座標に変換して行うべきであるが、ここでは赤経・赤緯のまま計算した。火星の距離の精度が悪いが、これは、会合周期が長くために1会合周期の間に天球上を大きく動くことや、軌道が、円軌道から大きくずれていることが利いていると考えられる。反対に、冥王星の場合は比較的に精度がよい。冥王星の軌道も楕円であるが、1年程度では距離の変化が小さいため、この効果はほとんど利かない。

 

4.「順行運動」成分と「年周運動」成分の距離依存性

惑星の軌道半径が大きくなると、「順行運動」成分・「年周運動」成分ともに小さくなるが、どのように小さくなるだろうか? 「年周運動」成分は、軌道半径の ?1 乗に比例して小さくなる。また、惑星の公転速度は、軌道半径の ?0.5 乗に比例して小さくなるため、地球から見た1年間の移動量に直すと、軌道半径の ?1.5 乗に比例して小さくなる。図3は、それぞれの成分が、軌道半径と共にどのように小さくなるかを対数-対数グラフに表わしたものである。注目すべきは、軌道半径が約50天文単位を超えると、年周運動成分のほうが順行運動成分よりも大きくなることである。つまり、太陽の周りを公転する天体であっても、見かけの動きはむしろ恒星に近くなる。このような天体が実際にあるならば、惑星の見かけの運動と恒星の年周視差を理解する上で非常に重要である。天文教育上、このような遠距離にある天体の発見が望まれる!

図3. 順行運動と年周運動の距離依存性。2つの直線の傾きは、-1 ?1.5 である。

 

5. 学習の順番の再構成?

高校や大学で通常使われている教科書では、惑星→恒星(→銀河(系))の順番で扱われている。 各項目の中に、距離の見積もり、各天体の特性などについて述べられている。惑星の見かけの運動は、現象論的な扱いであり、他との関連性の記述はほとんど見られない。もしも、惑星の見かけの運動と、恒星の年周視差との関連付けるならば、学習の順番を変え、最初に「天体(惑星、恒星)の距離の見積もり」について学習し、その後で、各天体の各論について学習することが効果的であろう。惑星の見かけの運動を、恒星の年周視差と関連付けて学習することで、より総合的な理解ができるのではないだろうか。

 

6.まとめ

ここでは、惑星の見かけの運動について考察した。惑星の見かけの運動のうち、「年周運動」と恒星の年周視差との類似点を注目し、恒星の年周視差から恒星までの距離が求められるのと同様に、惑星運動から近似的に距離が求めてみた。また、この観点から学習の順番を再構成できる可能性を指摘した。

 

文献

ウンゼルト, A. 1978 『現代天文学 第2版』(小平桂一訳) 岩波書店

天文年鑑編集委員会編 『天文年鑑1998年版』 および 『同 1999年版』 誠文堂新光社

横尾武夫(1993) in 『新・宇宙を解く』 (横尾武夫編)、恒星社、p.41

 

 

付録:冥王星の距離の推定

(惑星の見かけの運動と恒星の年周視差を学習した後での演習問題)

A1は、冥王星の天球上での振る舞い(星座の間をどう動いていくか)を示したものである。らせんを描きながら、左下へ(南東へ)移動していることがわかる。らせんは、地球の公転運動によるものであり、左下への移動は、冥王星自身の公転運動によるものである。冥王星自身の公転運動の効果を取り去る(これは冥王星が静止している場合に相当する)と、図A2のように、地球の公転の効果が楕円形となって残る。

A1.冥王星の天球上での運動。

 

A2.冥王星の天球上での運動(冥王星自身の公転の効果を取り去った場合)。

 

問題1.図A2の楕円の長軸の半径は、約何度になるか。図から読み取ってみよう。

問題2.問題1で読み取った値をもとに、太陽から冥王星までの距離を求めてみよう。求め方がよく分からない場合は、恒星の年周視差と距離の関係を復習しよう。

問題3.もし、冥王星が、黄道付近に位置するなら、図A2の楕円形は、どのようになるだろうか?