「偏光分光による天文学」集録原稿(1998年8月12〜13日) 偏光標準星の変動性 松村雅文(香川大教育) 概要: Serkowski(1974)による偏光標準星(Polarized Standards, PS)の 偏光特性の時間変動性について、1989年から1996年の堂平のMCPによるデータを調べた。 これらの星のうち、幾つかの星については時間変動性があるという指摘がなされていたが、 堂平のデータでも標準偏差が大きい傾向があることを確認した。 9 Gem (=HD43384)について、fluxの変動性と、偏光特性の変動性の関連が指摘されていた (Matsumura et al 1998a)が、今回の解析で明確にすることは出来なかった。 1. はじめに 直線偏光観測では、位置角を較正しなければならないが、このために、直線偏光の強い星 (偏光標準星、PS)を観測することが多い。星間偏光は変化の時間スケールが大きいと思わ れているので、星間偏光が大きい星がPSとして選ばれている。星間偏光が大きい星は、一 般的には遠い。一方で、標準星としてはある程度明るいことが要求される。遠くてなおかつ 光度が大きいという条件を科すと、超巨星が選ばれしまう。ところが、超巨星は、質量放出 により星周物質を持つ場合が多いことが知られている。星周物質の状態が何らかの原因で変 化し、その影響が偏光に現れるならば、このよう星が、PSとして適しているかどうかは、検 討の余地がある。実際、 Hsu and Breger (1982)は HD198478, 9 Gem(=HD43384), HD183143(いずれも超巨星)について 変動性を報告している。 我々は、R Monの観測(Matsumura et al 1998b)の時に得た9 Gemの1991年から1997年 までのデータを解析し、9Gemの変動性(δ(p)〜0.1%, δ(θ)〜0.5度)は、fluxの変動 性と関連がある可能性を指摘した(Matsumura et al .,1998a)。 ここでは、1989〜97年の共同利用期間の標準星のデータを用いて、PSの変動性について 再調査した。 2. 結果と議論 2.1. 統計的な性質について  次の表1に、Ch.4(〜Vバンド)のデータの平均や標準偏差などを示す。表のコラムは、 左から順に、 HDナンバー、 堂平における「星の番号」、 スペクトルタイプ、 観測回数、 平均した偏光度p、 偏光度の標準偏差SD1(p)、 個々の観測における偏光度の標準偏差を平均したものSD2(p)、 SD1(p)からSD2(p)を引いた残差 Res(p) = (SD1(p)^2 - SD2(p)^2)^0.5, 位置角の平均θ、 位置角の標準偏差SD1(θ)、 個々の観測における位置角の標準偏差を平均したものSD2(θ)、 SD1(θ)からSD2(θ)を引いた残差 Res(θ) = (SD1(θ)^2 - SD2(θ)^2)^0.5  である。SD2(p)は、主にphoton数で決めれられていると考えられる。 実際、V等級とSD2を グラフにするとよい相関がある(図1)。 一方、SD1には、photon数以外の変動の影響が入っていると考えられ、 それを取り出してみたのがRes(p) である。位置角については、扱いが厄介であるので、 ここでは偏光度のデータついてのみ考察する。   Table 1. Data by Ch.4 in 1989-1996 HD# DDR# Sp. n p SD1(p) SD2(p) Res(p) θ  SD1(θ) SD2(θ) Res(θ) 7927 111001 F0Ia 83 3.34 0.066 0.068 ~0 92.2 1.02 0.56 0.9 21291 110003 B9Ia 50 3.41 0.067 0.049 0.05 115.8 0.78 0.41 0.7 23512 110004 A0V 45 2.18 0.16 0.18 ~0 29.0 2.15 2.38 ~0 43384 110005 B3Ia 475 2.92 0.091 0.082 0.04 169.9 0.92 0.82 0.4 154445 110010 B1V 78 3.72 0.074 0.080 ~0 89.4 0.74 0.61 0.4 183143 110012 B7Ia 24 6.25 0.20 0.11 0.16 178.2 0.95 0.52 0.8 198478 111014 B3Ia 49 2.76 0.093 0.052 0.08 2.3 1.02 0.54 0.9 204827 110015 B0V 25 5.56 0.125 0.168 ~0 59.2 1.25 0.87 0.9  図2には、SD1とSD2の関係を示す。もし、SD1が光子数だけで決まっているのならば SD1=SD2の直線付近にデータが分布するはずである。しかし、Hsu and Breger (1982)が指摘 した3つの星とHD21291は、SD2>SD1の領域にあり、変動性があることを暗示する。  Dolan and Tapia (1986)は、Hsu and Breger (1982)が指摘した3つの星の他にも、 HD7927(=DDR111001)、HD21291(=DDR110003)、 HD204827(=DDR110015)などに変動性があると 指摘した。しかし、我々のデータにおいて変動性を示す星はHD21291のみであり、HD7927と HD204827については変動性があるようには見られない。 2.2. 9 Gemの変動性について  Phase Dispersion Minimizatioin (PDM, Stellingwerf 1978)を 用いて、周期性について調べた。ソフトは、西はりま天文台の石田氏によるものを用いた。 試行の周期として10〜15日程度について調べたが、 非常に有為であると思われるような周期は 見出されなかった。ただし、1993〜1996年の偏光度について、13.76日を周期とすると、 標準偏差が5%程度小さくなった(図3)。これがMatsumura et al (1998)が見つけた fluxの変動との相関であると考えられる。しかし、1989〜1992年のデータについては、 このような周期性を見出すことが出来なかった。  9 GemのQU平面内での振る舞いを調べたものが図4である。ここではエラーバーは省略し た。特に一方向に伸びるなどの特徴は見られず、ある点を中心にして比較的ランダムに分布 しているようである。 3.まとめ (1) 超巨星については、個々の観測の標準偏差よりも、全データの標準偏差のほうが、大き い傾向がある。これは、超巨星のintrinsicな偏光の影響が出ているのではないかと考えら れる。Rigel (B8Iae) については、Hayes(1986)によりintrinsicな偏光が観測されてお り、観測されたデータはQU平面上を0.1〜0.2%の大きさで不規則に動くことが示されている。 9 Gemなどで観測される偏光には、このような偏光と星間偏光が重なっていると考えられる。 (2) 我々のデータから、直線偏光度に変動性があると考えられる星として、9 Gem以外に、 HD21291, HD183143, HD198478をあげることができる。 Dolan and Tapia (1986) は、HD7927、HD204827にも変動性があると言うが、 少なくとも0.1%程度以上の変動はない。 (3) F0Ia型のHD7927には、有為な変動性は見られなかった。超巨星も、タイプにより変動 性の有無や変動量がことなるのであろうか? (4) それでは、どの星が位置角の基準のための偏光標準星PSとしてふさわしいであろう か? HD7927を例外とすると、超巨星には、(1)で述べたようにintrinsicな偏光の影響が ある場合が多いと思われるので、できたら避けた方がよいと考えられる。HD21291と9 Gem については、intrinsicな偏光がQU平面上でランダムに動く仮定すると、この効果は位置角 で0.4度程度と予想される。一方、HD183143とHD198478は、この効果は位置角で0.7〜0.8 度に達すると予測されるので、特にこの2つの星は避けた方がよい。 (5) もしも可能ならば、星に頼ることなく位置角の較正ができないであろうか? 星間偏 光には、変動性が少ないと暗黙のうちに仮定されてはいるが、星間偏光に関与している塵は、 観測者と星の光球を結ぶ円錐の中のものだけであり、星や塵の固有運動により、数〜数十日 (=光球の直径/星と塵の相対速度の接線成分)すると、星間偏光に関与する塵は、全く別 のものになってしまう。従って、このような短い時間スケールでも、星間偏光が変化しない とは言いきれない(この事については、平田氏の指摘による)。薄明のや月の光を用いると か、実験室的に較正するなどの方法を追求する意義はあると考えられる。 References Dolan, J.F. and Tapia, S. 1986, PASP 98, 792 Hayes, D.P. 1986, ApJ 302, 403 Hsu, J. and Breger M. 1982, ApJ 262, 732 Matsumura, M. Seki, M., and Kawabata, K. 1998a, in Pulsating Stars Recent Developments in Theory and Observation, ed. M. Takeuti and D.D. Sasselov (Universal Academy Press), p107 Matsumura, M. Seki, M., and Kawabata, K. 1998b, AJ submitted. Serkowski, K. 1974, in Planets, Stars and Nebulae Studied with Photopolarimetry, ed. T. Gehrels (University of Arizona, Tucson), p.135 Stellingwerf, R.F. 1978, ApJ 224, 953 (ここでは、図は含まれていません。御了承のほどを...)