「中小望遠鏡による天文学」(1997年3月17―18日、国立天文台にて)集録原稿

星間塵の光学観測

松村雅文(香川大学教育学部)

概要:星間塵の光学観測の中でも、減光と偏光は、可視およびその周辺の波長域で、恒星を観測してデータ解析をし、情報をえるため、中小望遠鏡による光学観測でも比較的取り組みやすいといえよう。ここでは、減光と偏光の観測の原理を復習し、最近の観測結果を概観する。ここ数年の観測により、減光や偏光の特性は、近赤外からVバンドあたりにかけてはあまり変化せず、それより短い波長域では、環境により変化するという、規則性が明らかにされた。なお、星間塵の一般的な話や細かい話などは、最近の教科書(例えばWhittet 1992)を参考にしていただきたい。特に偏光のトピックスについては、Roberge & Whittet(1996)が、偏光の観測技術にかんしてはTinbergen(1996)が詳しい。

1. 減光

減光の観測法: 減光量 A(λ) (mag.)は、塵が存在するときの等級と、存在しないときの等級の差として定義され、視線上の塵の光学的な深さτに比例する。塵が存在しないときの星の強度をI0とすると、等級と強度の関係を考えて、

     A(λ) = 2.5log(I0) - 2.5log(I0exp(-τ)) = 1.086τ      (1)

を得る。塵の光学的な深さτは、τ= Qext(λ)・S・N (但し、 Qext(λ):有効断面積係数(無次元量) S: 塵粒子の幾何学的な断面積、N: 柱密度)と表わすことができる。 Qext(λ)に、塵のサイズや組成(屈折率)が反映される。塵のサイズや組成(屈折率)を仮定すれば、Mieの計算などを用いて、Qextの計算ができる。そのため、 A(λ)を調べることにより、これらの量を推定することが、原理的には、可能である。

実際には、I0を直接推定することは困難であるので、色超過(color excessE(λ-V)を用いる:

     E(λ-V) = A(λ) - A(V)                (2)

       = ((λ) - m0(λ)) - (Vobs-V0)

       = ((λ) - Vobs) - (m0(λ)-V0)

((λ) - Vobs) は、測光観測で得られる量であり、(m0(λ)-V0) は、分光観測を行うことにより、星のスペクトルタイプと光度階級を決めることによりわかる量なので、これらにより、色超過を求めることができる。(実際には、O,B,Aなどの早期型の星でないと、(m0(λ)-V0)が精度良く決まらない。すべてのタイプの星で実行できるわけではない)。さらに、色超過には加算性がある(つまり、 E(λ3-λ1) E(λ3-λ2) + E(λ2-λ1) が成り立つこと)と、 A()=0 を仮定すると、多くの波長で観測を行うことにより、 A(λ) のデータを得ることができる。典型的なA(λ)の例を図1に点線として示す。波長2175Aに、特徴的な減光の“こぶ”bumpが見え、炭素系の塵粒子(graphite説やQCC説がある)によると考えられている。

規格化の問題 normalization problem:多くの星に関する視線上の塵の性質を比べるときには、 A(λ) は柱密度Nに比例するため、不便である。もしNが直接わかれば、これで規格化すればよいが、これは不可能である。従来は、観測精度が最も高かった E(B-V) で規格化することが行われた(図2a)。このような図を作ると、可視域(VやBのバンド付近)では、視線ごとの違いは表われず、近赤外と紫外の領域で、 違いが顕著であるように見える。このため、近赤外の減光を担う比較的大きな塵粒子と、紫外の減光を担う比較的小さな塵粒子の両方が、環境により変化し、図2aのような違いを生じると考えられていた。なお、図2aRvは、ratio of total-to-selective extinctionと呼ばれ、Rv = A(V)/E(B-V) で定義される量である。(Rvは、平均では3程度、密度が高い暗黒雲などでは、Rvの値は大きくなる(例えば5)ことが知られている。なお、教科書によっては、Rvと書かず、単にRと記されていることも多い。)

近赤外の観測が盛んに行われるようになると、この波長域での減光の特性は、視線が変わり、塵の環境が変わっても、あまり変化しないことが明らかになってきた。これに伴い、規格化も、 E(B-V)で行うより、むしろ、比較的長い波長のバンドでの減光量で行うほうが適切であるという指摘がなされた(Cardelli & Clayton 1988)。図2bは、 A()で規格化を行ったものであり、変化するのは、Bよりも短い波長域であることがわかる。

このように規格化の方法を変えることで、減光の性質に関して、大変見通しが良くなる。 Cardelli , Clayton & Mathis (1988)は、減光量A(λ)の経験的な表現を書いた:

     A(λ)/A(V) = a(λ) + b(λ) / Rv              (3)

ただし、a(λ)b(λ)は、波長λを変数とする解析的な式である(a, bの表現は、Cardelli et al 1988を参照のこと)。つまり、減光A(λ) は、波長λを除くと、Rvという一つの変数により決定される。Rvは塵粒子の“平均的”なサイズを表わすパラメータと解釈されている。減光に関して、観測的な規則性は確立されたと考えてよいであろう。

 

2. 偏光

遠方の星の光は、直線偏光成分を持つことが知られ、星間塵起源であると考えられている。星間偏光からも、塵に関する情報を得ることができる。

星間空間では、何らかの機構(通常、磁場によると考えられている)により、非球状の塵粒子の整列が行われ、減光の性質に光学的な非等方性が生じる。この結果、光の振動方向の減光の量が、方向により異なり、観測される光に直線偏光が観測される。最大の振幅を持つ振動方向の光の強度をI2 それに直交する振動方向の光の強度をI1とすると、直線偏光度Pは、

     P = (I2 - I1) / (I2+I1)

      = (exp(-τ2) - exp(-τ1)) / (exp(-τ2) + exp(-τ1))

      〜 (τ1 - τ/ 2                      (4)

と書くことができる。但し、ここでは、τ1 とτ は、1よりも小さいと仮定し展開した。通常、恒星の固有な(intrinsic)偏光は、ゼロと考えていいので、減光のときのような、星の性質を差し引くことはしなくてもよい。その意味で、減光よりも直接的に塵の情報を得ることができる。但し、観測される星間偏光は小さく、通常 数%、大きくても10%程度である。このため、塵の性質を議論するためには、観測精度としては、通常、1%未満が要求される。かなりの数のフォトンと、装置の安定性が要求される。

以下に、星間偏光の話題を記す。

減光との関連 減光を特徴づけるRvとλmaxには、正の相関があることが知られている(例えばClayton & Mathis 1988)。また、P() /() 3% / mag. という関係も、一般に成り立つことが知られている。式(1)と式(4)から、減光と偏光には密接な関係があることが予想されるが、これらの観測事実はこのことを裏付けている。

波長依存性 偏光度Pが、どのように波長に依存するかについても、減光と同様に、経験的な表式で表わされている:

     P(λ) = Pmax exp( -K ln(λmax/λ))。          (5)

但し、 Pmaxは、最大の偏光度、λmaxは最大の偏光度のときの波長である。

これは、Serkowski lawと呼ばれている(Serkowski, 1973) Serkowskiは、Kは定数であるとしたが、後に、Wilking et al.(1980)は、K=1.66λmax + 0.01 (但し、λmaxの単位は、micron)と表わす方が、観測をより良く再現することが示した。

2175A “こぶ” 減光A(λ)と比べて、大きく違う点は、2175A“こぶ“ に付随する偏光のfeature がないか、極めて小さいことである。Clayton et al (1992) は、Astro-1 WUPPEを用いた観測で、HD197770において、偏光にも、“こぶ”に付随したfeatureがあると報告した。しかし、その後のAstro-2 での観測では、この存在が否定された(Anderson et al.1996)。しかし、Wolf et al(1997)は、やはり存在していることを主張した(この論文(97年3月20日号のApJ)は、研究会のあとに手に届いたので、研究会のときは報告できなかった)。これは、2175A“こぶ”を担う粒子が、ごくわずかしか整列していないか、または、整列していても非球状の度合いが小さい(球に近い)ことを示す。2175A“こぶ“で偏光の増加が見られるかという問題は、(1)“こぶ”を担う物質が何であるかのヒントを与えるかもしれない、(2)塵の整列機構に関しても何らかの情報を与えるかもしれない、ということで従来から注目されていた。この問題については、定量的な議論ができる段階に入ったといえる。

‘偏光標準星’の変動性:偏光標準星は、直線偏光の観測の時の位置角(光の電気ベクトルの最大の振幅の方向)を較正するための天体である。通常、星間偏光が大きくなるように、遠距離の明るい星(超巨星)を選ぶ。Serkowski (1974) は、15個の星を選んだ。ところが、後の観測(Hsu and Breger, 1982, Bastien et al 1988, Clarke and Naghizadeh-Khouei 1994, Matsumura, Seki, and Kawabata 1997)により、その中の幾つかは、時間的な変動(0.1%オーダー)があることが指摘された。この変動性は、その大きさにもよるが、位置角の較正に影響を及ぼすので注意が必要である。これらの論文では、‘偏光標準星’の多くが、超巨星であるので、星周物質が影響していると議論している。しかし、主系列星でも(例えばHD23512)にも、変動性が見られるという報告があり(Bastien et al 1988)、不思議である。 Clarke and Naghizadeh-Khouei(1994)は、 Bastien et al (1988)の統計処理を問題視している。観測精度として、0.1%オーダーがどこまで確立しているのだろうか? 変動性が事実なら、それは何を意味するのだろうか? 今後に残された課題であると考えられる。

 

3. まとめ

減光と偏光の基本的な性質は、ここ数年の観測データの蓄積や、その新たな解釈により、ほぼ明らかにされた。今後は、観測的には、精密化(例えば、どの精度まで(3)式や(5)式の経験式が成り立つか? また、偏光観測の精度の向上)と、一般化(どの視線方向でも経験式がなりたつか?)が行われるであろう。理論的には、どのような塵のモデルを考えれば、解釈できるかが問題になるであろう。

減光と偏光の観測は、恒星の等級や偏光を測定し、星の特性を考慮し、星と観測者の視線上の塵の情報を間接的に得るものである。このため、恒星の特性の不確定さが影響するが、減光や偏光に関与する塵は、視線上のものに限られる。もう少し厳密にいうと、これらの現象に関与する塵は、観測者と星の光球が作る非常に細長い円錐の中の塵のみである。このような‘ごくわずかな’塵が関与することが、電波や遠赤外の波長域での観測とは異なる点であり、減光と偏光の現象の大きな特徴であるといえるであろう。中小望遠鏡の観測で、この特性を、うまく利用できれば、今後の展開が期待できるであろう。

 

References

Anderson C.M. et al. 1996. In 'Polarimetry of the Interstellar Medium', ASP Conference

Series Vol.97. eds Roberge,W.G. & Whittet, D.C.B.

Bastien P. et al 1988, AJ 95, 900.

Cardelli, J. A. and Clayton, G.C. 1988. AJ 95, 516.

Cardelli, J.A., Clayton, G.C., and Mathis, J.S., 1988, ApJ 329, L33.

Clarke, D. and Naghizadeh-Khouei, J. AJ 108, 687.

Clayton G.C. and Mathis, J.S. 1988. ApJ 327, 911.

Clayton G.C. et al. 1992 ApJ 385, L53.

Hsu, J. and Breger, M. 1982. ApJ 262 738.

Matsumura, M., Seki, M., and Kawabata, K. 1997. Submitted to IAU JD#24 in Kyoto.

Roberge, W.G. & Whittet, D.C.B., 1996. 'Polarimetry of the Interstellar Medium', ASP

Conference Series Vol.97

Serkowski, K. 1973. In IAU Symp.#52, Interstellar Dust and Related Topics, eds M. Greeberg, and H.C. van de Hulst (Reidel, Dordrecht) p.145.

Serkowski, K. 1974. In Planets, Stars and Nebulae Studied with Photopolarimetry, ed. T. Gehrels (New York: Academic Press) p.361.

Tinbergen, J. 1996. 'Astronomical Polarimetry', (Cambridge University Press).

Whittet, D.C.B. 1992. 'Dust in the Galactic Environment', (Institute of Physics Publishing).

Wilking B.A. et al. 1980, ApJ 235, 905.

Wolf, M.J. et al. 1997. ApJ 478, 395.

 

 

1。減光と偏光の波長依存の例。2175Aの‘こぶ’が見える方が、減光である。

   (Tinbergen 1996 より)

2。規格化の違いによる‘減光曲線’の違い。図は、Cardelli and Clayton (1988)による。

 

注: ここでは、図は取り入れていません。どちらの図も、引用なので、引用元をごらんください。どうしても、手に入らない方は、emailをお送りください(matsu@ed.kagawa-u.ac.jp)。コピーをお送りします。