1 はじめに 平成15年4月1日に、小中学校現場教員3名が、学校教員等を形式退職し、期間限定で文部教官(助教授)として採用された。この交流人事制度は、全国に先駆けての人事制度であり、内外に大きな反響があったことは言うまでもない。現在、義務教育において、教員の資質向上が叫ばれており、特に指導力不足等教員の研修制度(全国で2番目)や様々な交流人事による活性化が図られているところである。 また、香川大学においては、本年度の医科大学との統合、次年度からの独立法人化といった大きな改革の流れの中、教育学部としての独自性が求められており、あわせて地域貢献の観点からも、地元教委との連携が急務といえる時期でもある。本交流人事制度がこういった流れの中で成立したものではあるが、派遣者にとっては、そういった使命を十分意識した上で、限定された(現時点では3ヶ年の予定)を有効に勤務していきたいと考えており、その成果が問われることになる。 2 交流人事の経緯 (1)交流人事に至るまでの経緯 @ 平成11年度において 香川大学(教育学部附属教育実践総合センター)から県教委に、客員教員制度(文科省からの別途予算:定数1名)を活用して、現場教員が直接大学で教えて欲しいといった内容の提案があり、当時の義務教育課事務局主任指導主事(現助教授 阪根)が、平成11年12月から(平成14年度に現場教頭に復帰したが、客員教授は平成15年3 月まで辞令更新した。)、大学で集中講座(生徒指導)を受け持つ等の実践が始まった。たまたまMMP(マイスクール・マイフレンドプロジェクト)発足の時期であり、大学との連携は双方の利害が一致したものである。その結果、教委は、当該者を兼業許可し、学期に10時間程度教えることとなった。その後、平成14年度から2名制(客員教授、客員助教授)となり、現場中学校教頭あるいは主任指導主事計2名を任命し、現在に至っている。また、当時、県教育長と香川大学学長、学部長との間で、香川大学の在り方について協議しており、医学系との統合問題を始め、教員養成系の今後の在り方について協議してきた。 A 平成12年度において 当時の県義務教育課長は、文科省大学教育室長から、このままでは香川大学を含め、既存の教育学部はそのままでの存続は厳しいとの示唆を受けており、香川県においては、教育学部の重要性を認識していることから、当時の学部長との再三の協議を行い、いくつかの課題を設定し、出来るものから実行してきた。 例として、学生ボランティア、公立学校での教育実習の検討等と、その内容は多岐にわたっていた。また、大学内での県連合児童会生徒会(大学と共催)の実施、MMP指導者養成講座(学部後援)の実施など具体的な連携も行われてきた。このことからも当時の学部長の成果は大きい。 B 平成13年度において 連携の具現化は加速の一途であり、附属学園での“公立学校への教育実習”、研修面での大学教員の活用、学生ボランティアの一層の拡大、インターシップ等の協力など目に見えた成果が上がり始め、特に、後者は実際に学生が活動したこともあり、大きく報道されると共に、それが結果的に教員採用にも繋がった。また、後期には、学部長の学内諮問機関として、教委との連携に係る委員会を発足させ、学部教授(現学部長)を中心に連携(改革)案を策定し、連携の方法や覚書案について協議を重ねた。 この年、1月に現義務教育課長が赴任したが、大学評価専門官・在英日本大使館員等を前任等の職務としていたため、一気に連携の動きが進んだ。 C 平成14年度において 5月には、教育学部と県教委の連携協力についての覚書が調印され、定期的に幹事会を招集、具体的に連携のあり方について協議した。また、高校との単位互換などの調印も実施した。また、平成15年1月には、学部助教授2名を、高松市内2小学校(二番丁小学校、亀阜小学校)に、交流(連携)の一環として数回にわたり研修として派遣したが、これも報道では大きな扱いとなった。2月7日には、 学部長と教育長が交流人事案を発表(現場教員 経験15年程度の教員を助教授として、3ヶ年間転籍させ、専任教官として採用する。)し、四国新聞1面トップ記事として扱われた。 2月中に人選を完了し、2月末頃、今回の人事対象者への通告があり、3月5日に大学教授会で承認を得た。なお、人選に当たっては、教職15年程度の教諭は1名として、20年以上を経過したもの2名(事務局課長級、及び教頭)をこれに充てた。 (2)交流人事(赴任)後について 3名は4月1日に辞令が交付され、専門教科あるいは実践総合センターではなく、学校教育講座に配属された。これは教育学部全体への貢献を意味し、今後の勤務に在り方の検討の一歩となった。 なお、研究室の配置、研究費や旅費の配分といった点では、正規教官と同様の扱いで対応したが、形式退職の関係上、福利厚生の変更や給与面でのデメリットも合わせて生ずる結果となった。これは附属教官についても同様であり、今後、実施される法人化における非公務員型への異動についての課題として今後論議される部分でもあろう。 3 派遣者の職務等について (1)当初の担当授業の設定 担当授業は昨年度に単位認定して準備した下記の3コマであり、それぞれが1コマずつ担当することで同意し、後期からの開設となった。 ア、総合的学習論(月2) 阪根 イ、生活科授業研究(金1) 植田 ウ、授業実践論(月4) 大西 (2)授業の要請について また、赴任当初は、学務委員会を通して、各教官から要望のあった、各講座における派遣教員の活用として、授業参画の依頼を受け、下記の講座に出席した。(以下は、学務委員会を通じた正式な要請分であり、これ以外にも個人的な要請があったが、ここでは省く。) ア、教育総合セミナー(村山教官) イ、学校教育入門(櫻井教官) ウ、生活科研究(川勝教官) エ、生徒指導論(毛利教官) オ、道徳教育論(寄田教官) カ、学校教育相談学(藤本教官) キ、教職の総合的研究(毛利教官) ク、特別活動論(加野教官) ケ、技術科教育内容学演習(黒田教官) コ、数学科授業研究(長谷川教官) これらはほとんどが数コマについての担当であり、正式な担当としての位置づけはないが、このうち、生活科研究、道徳教育論、数学科授業研究は、期間内のほとんどあるいは多くを担当して、授業を実施することとなった。 (3)平成16年度の授業について 平成16年度は、新たに、学校教育課程論(田上、植田、大西)及び教育法規入門(大西)の新設、非常勤講師担当授業の削減に伴う措置として、家庭電気・機械(阪根)の担当、教養課程にあたる共通科目も担当を行うこととなった。 (4)委員会等について 下記の大学運営関連の業務にも参画しており、正規教官と同様に執務している。 ア、就職委員会(就職セミナー) 大西 イ、実地委員会(学生ボランティア、フ レンドシップ) 植田 ウ、未来からの留学生 植田 エ、企画委員会 阪根 オ、センター企画推進委員会 阪根 カ、その他のセンタープロジェクト 以上の委員会参加については、講座単位の割り当てからという発想ではなく、派遣者の適材適所から当初に割り当てたものであり、1年を経過して、連絡系統の不備の解消や、交流人事の趣旨を生かすための方策として、次年度から、学務委員会等の委員会への出席することとなる。 (5)基盤整備について 前述したように基盤整備については、配慮をもって行われたが、新たな取り組みのため、派遣者にとって苦慮した点も多々あった。 @ 予算措置 予算は3名を“教育実践”として、教室扱いとなり、独立採算制として、年額90万円の予算で、研究室の電気代金、コピーも含め、研究費と配分された。なお、科学研究費申請のため、年度後半に3万円の追加があった。 A 研究室等の基盤整備 3名とも各1室の提供があったが、元実験室であったり、老朽化した部分、電話回線の新設等も必要となり、その面での整備に上記の研究費の一部を活用したり、私費を使わざるを得なかった。なお、教官個人や講座の方の配慮もあり、不要になった机、ロッカー、ソファーなどの提供を受け、研究室として機能するようになった。また、学部長の配慮により、コンピュータ機器の貸与を受けた。 B 課題 当初の基盤整備にあたっては、初めての人事交流ということもあり、研究室の整備にとどまらず、福祉厚生の切り替え、書類整備への経費負担等に課題は残った。 4 学生の意識調査 (1)調査方法 2003年5月19日及び6月9日に香川大学学生293名(2年130名、3名130名、4年33名)対象にアンケート調査を実施した。このアンケートは,共通科目である学校教育相談学(標準履修3年次)及び生徒指導論(標準履修2年次)を受講している学生に協力を求めたものである。ここでは選択教科ではなく、卒業認定に必要な科目として好むと好まざるとに関わらず受講しているといった学生も対象であり、より明確な回答が期待された。この調査は、当該講座から、現場の状況を学生に講話して欲しいとの依頼があった授業において、始めに担当教員から簡単な紹介(派遣されていること)をいただき、その後30分ないし60分程度現場教育について講話を行った時に実施したものである。 (2)調査の概要 @ 調査名は「現職教員による交流人事に対する学生の意識調査」とした。 A 共通設問として(主観的な認識・現状認識)は以下のとおりである。 ア、人事の認知 イ、人事についての期待 B 調査方法は選択と自由筆記とした。 C 備考 ア、実情把握のため,無記名調査で教室内で回収した。(授業後) イ、調査においての基準 ・今回の交流人事についての認知度は、初めて授業等で紹介があった時点での認知を調査 ・歓迎の有無については、当初は上記の認知と同じ時点、現状は授業等を受けた後で、現時点での認識を調査 Fig1 現職教員による交流人事に対する学生の意識調査
(2)今回の交流人事についてどう思うか。(人)
(3)自由記述(代表的なもの)
(3)意識調査の結果 この調査は,交流人事の認知度、受け入れの意識、期待感を端的に学生に聞いたものであり,各学生がこれまでの経験値からそれぞれが感じたものであり、若干あいまいな数値ではあるが,傾向をつかむために、授業担当教官に回収を依頼した。学生もやや気を遣ったのか、手前味噌的な結果が出たような感触もするが、無記名であり,授業内での事前通知なしの調査によって,実際の認識の傾向程度は掴めると考えたものである。なお、この結果から一般化することは危険であるが,下記にその概要を述べたい。 @ 認知度 交流人事の認知度(表1参照)においては,6割弱の学生は知らなかった。当然こういったことへの関心はないものと思われるが、新聞紙上にも公表されたり、大学改革の時期中のこともあり、もう少し高い数値を期待していた。しかし一方で18%の学生ははっきりと認識しており、これをもって最近の学生は・・ということにもあたらないと考える。 A 受け入れの意識 予想以上に高い数値であった。特に当初(人事があることを知った時点)に比べ、1回でも授業を実施した結果は大きく上昇している。この理由は,自由筆記(表1参照)において、それぞれが記入しているが、現場の実態を知りたいという期待感からであろう。教員養成系の学生としてはもっともなことであり、その姿勢は逆の期待感を彷彿させる。 B 今後の期待感 やはり現場の情報を収集、教員試験対策、教育実習事前指導を一義にあげているが、その中でも授業の面白さ、楽しさといった教育技術を期待している。これは、小中教員の特質であり、FD(ファカルティ・ディベロップメント、教授団の能力開発)」や「大学の自己評価」)に言及しているように思われる。 5 後期の授業等での取り組み (1)求められる教師像 様々な生徒指導を含めた問題や多様化する学校教育の現状において、即戦力を求められている。こういった現状からも,採用前教育(いわゆる大学での養成教育)の重要性が問われていることは、学生も認知している。そこで、小中学校が求めている教師像とは何であるかといった視点が必要であり、この教師力の育成が、大学教育への貢献につながると考える。そこで、先行研究からこれを探ってみたい。教員養成系学生の資質向上に関する実証的研究」(藤本他,1994)では,平成5年12月から1月にかけて香川県内の教育長,校園長,教務主任の989名を対象にアンケート調査を行い,教員養成系大学・学部に期待するものを明らかにしながら,カリキュラム改善の提言を行った。この調査は,教員養成系大学・学部における教育の在り方,教員養成系大学・学部で充実・教科すべき授業科目,教員養成系大学・学部の教育内容の必要度と満足度,若年教師の評価等についてアンケート調査を行ったものだが,その中で,教育内容の必要度と満足度についての調査結果が,今現場で求めている教師像を示しているものであると思われる。また、「教育実践力の育成に関する基礎的研究」(藤本他,1995)において,この点を取り出した上,これらを因子分析した結果を基に,教員養成系大学・学部の教育課程の在り方についての提言を行った。 FIG2は,上記の先行研究のうち、必要度と満足度の調査であり,現場の学校教育において教師に求められる様々な知識や技能あるいは使命感など26項目について,本来,大学でどの程度教育すべきか,また,現行の大学教育でどの程度満足しているかを教育現場に尋ねたものであり,その結果を簡略化したものを提示する。 ここでは,大学の教育の必要度が高いと捉えられている項目が16あるが,その内,現場での満足度が高いのは2つしかない。満足度が低いと考える14の項目の多くは,実践的な内容が多く,これは,学校教育の実際的な場面での個別的な知識や技能を統合し,応用していく「能力」,いわゆる「教育実践力」に関わっていると指摘しており,小中学校側から見れば,必要な教育実践力が,大学では十分育成できていないことが明らかになっている。(藤本他 1995) つまり,これまで大学教育で重点化されていた「理論からの実践化」だけでなく,教育実践から生まれる理論という分野である「実践学」の導入が期待されていると考えるのが妥当であろう。ただ,これはあくまで小中学校現場から見たものであり,単に“即戦力”を育てることのみが大学教育の本質ではないことは自明のとおりである。つまり,現場に出てからの遭遇するあらゆる問題に対処できる高い教養や実践の裏付けとなる基礎能力を育成することが大学教育の一義であることには変わりはないのだが,それだけでは“市場”というべき学校現場からは不十分であるという意思表明があると言えるのではないだろうか。今,こういった先行研究で明らかになった課題を,いかにカリキュラム改善に生かすかが重要なのであり、今回の派遣者による授業づくりこそが重要なのであろう。 FIG2 教員養成系大学の教育内容の必要度と満足度 「教員養成系学生の資質向上に関する実証的研究」(藤本他,1994)
(2)派遣者による授業づくり 派遣者による後期の授業の計画、成果である。 @“授業実践論”については、学校現場をフィールドに、現場の授業を特化した構成となっており、受講者の満足度も満点である。公立学校における授業参画が特徴であり、現場教員でなければ構成できない授業といえる。 A“生活科授業研究”については、現場の実際の授業を参観し、そこから学ぶことが出来る様々なファクターを学生と共に理論化するといった授業構成を取り入れている。これは、実践から学ぶ教師学の発想である。 B“総合的学習論”については、現場の総合的な学習の時間を紹介し、その上で、香川県の伝統文化(お遍路)を素材に、総合的な学習の学習計画の策定を実習として行っている。お遍路ブームということもあり、マスコミや民間の協力を得て実施している。 6 今後の課題 ほぼ1年が経過し、大学教官として、大学教育に貢献してきたが、今後、大学で何ができるか、どういった貢献が一層可能かを検討しているところである。 特に、大学当局に定員を3名分カットしている現実から、大学での職務については、各教官に加重な負担がかかっていることを意識していることは否定できないが、その上で、派遣者を効果的に活用するという取り組みがあってこそ、派遣者にとっても意義があることだ。これは大学だけの課題でなく、教委にも関わる課題であり、双方の連携が重要と考える。 ともあれ、学生対応や授業づくりが派遣者の持ち味であり、大学においてはそれを活用するといったスタンスでいいのではないかと考えている。 また、現場からの問い合わせも増えてきていることもあり、現在、現職教員のHPを公開しているところであるが、毎日50件以上の定期的なアクセスがあり、現職教育にも資するよう配慮している。 派遣者にとって、当初、心理的・経済的なデメリットをもちながらも、大学当局や教委の配慮もあり、現在を迎えることができたが、今後、こういった人事を継続させるためにもその基盤づくりが重要であると考えている。次年度以降、この交流人事の成果を継続研究の柱とし、有効性を確立していきたい。 文 献 1)阪根健二:生徒指導と学校教育,生徒指導に関わる教員の意識調査から,香川大学教育実践総合研究(2000) 2)藤本光孝・田中吉資・湯浅恭正・加野芳正・ 3)藤本光孝・田中吉資・湯浅恭正・加野芳正・ |