指導力の向上を図る教員研修のシステム・内容の開発研究
−教員研修への大学の取り組みの追究−

香川大学教育学部研究開発プロジェクト報告書

発行  香川大学教育学部
編集  香川大学教育学部附属教育実践総合センター

以下、この報告書の「はじめに」と「まとめと今後の課題」の部分を抜粋します。
報告書の入手方法については附属教育実践総合センターまでお問い合わせください。


は じ め に                湯 浅 恭 正

 本報告書は,平成15年度香川大学教育学部(以下,本学部)研究開発委員会の経費による研究をまとめたものである。本研究では研修のシステム・内容に研究の視点を置いたが,「教師の指導力の向上」それ自体は何も新しい課題ではない。これまで「指導力」なるものの内実は常に問い続けられてきた。本学部では,10年ほど前に実践的指導力として「実践知・実践能力・実践観」を問い,教員養成カリキュラムの提案を試みている。指導力のこの三つの要素は,機能的にはいつの時代でも変わらない。
 では,なぜ今,改めて「指導力」を問うのか。それは第一に教育を巡る舞台が大きくかわろうとしているからである。10年単位だった教育政策の展開サイクルがすでに2-3年になろうとしている。子どもたちや家庭・地域の変貌も急速である。舞台が変われば踊り方を変えなくてはならない。そのためには,今,私たちはどのような舞台にいるか,その位置を正確に判定する力が必要である。こうした力を養うことが教師教育の課題である。特にこの点は,大学での教員養成のみならず,現職教育においても意識的に取りあげられてしかるべき内容である。教員研修において時代認識の重要性は指摘されてきたが,それを研修内容としてどう積極的に位置づけるかが問われよう。
 第二に,「指導力」は教育を担うものが試行錯誤し,失敗を繰り返しつつ身につける「未完」の課題だという点を重視するからである。むろん,結果としての指導責任は問われるし重要である。それに応ずるかのように,近年,「教員の指導力やその低下」がいわれだしてきた。しかし,実践を通して育ちゆく主体として指導者を位置づける努力が,今,どれほど行われているのだろうか。第一で述べたように教育や学校を巡る舞台が激変している今,実践者自らが「他者性」を認識しつつ,子どもや親たちと関係を切り結ぶ力をどう身につけていくのかが問われているように思われる。こうした指導者としての自立の過程に資する研修内容とは何かを明らかにすることが求められている。
 第三に,指導者の個人としての自立を問題にするだけではなく,それを支えるシステムを問うことが課題になるからである。学校の教育力は職場の同僚性に支えられてこそ発揮される。研修を有効なものにするための関係をどう築いていくのか,システムそのものを立ち上げ,改革する力も,指導力の向上の課題として明らかにしたい。
 本研究は学部と附属学校が連携して取り組んだものである。全国的な調査研究や意欲的な事例研究とともに,今後への積極的な提言もいくつかなされている。特に大学の学部への提言は今後の課題として正面から受け止めたい。本報告書をもとにして今日的状況に対応しうる指導力向上について,議論と実践が展開することを期待する。本研究が,教員研修という,地域と大学・附属学校とが共同するための課題に対して本格的に踏み出すための一助になれば幸いである。

 最後に本研究に積極的に参加していただいた教官各位ならびにコーディネーターとして精力的に関与していただいた田上教官に心よりお礼申し上げます。また貴重な研究機会を提供していただいた教育学部研究開発委員会に感謝いたします。


X.まとめと今後の課題

X-1.教員研修へのこれまでの取り組みとこれからの取り組み
 これまでも,教員養成大学・教員養成学部の大学教員は教員研修に様々な場面で協力してきた。しかし,教育委員会主催の研修や学校の校内研修などに関しては,そのほとんどが大学組織としてのかかわりではなく,個人的な関係のもとでの協力であったと言えよう。そのような協力関係をもった大学教員は教育委員会や学校,教師との間に,個人的なつながりをつけ,研究等に活かすことができるということもあったと考えられる。しかし,大学内部の問題としては,それは一部の大学教員に限られるものであり,大学としてその取り組みの実態を十分に把握することもかなわず,したがってそれを大学教員についての評価,ならびに大学の教育研究の改善に活かすことはなかなかできなかった。また,対外的な問題として,そのような協力は,大学としての取り組みとは認められにくく,大学は組織としては地域から十分に理解されないままにおかれ続ける状況を生み出してきたのではなかろうか。
 法人化を迎える大学は,今後大学として組織として地域の教育委員会や学校と連携して教員研修に取り組むことが必要である。
 もちろん,研究目的のところでも述べたように,大学が大学組織として取り組む教員研修は,従来,現職の教員が大学または大学院に再入学する,派遣研修として行われてきた。香川大学においても毎年香川県教育委員会から現職教員が大学院教育学研究科に派遣されている。また,大学が開催する公開講座等も教員にとっては自主的な研修のための重要な機会である。これらの取り組みについて,制度的にも内容的にもさらに充実することが求められているといえよう。
 その際,現職教員に対する大学院教育や公開講座を教員研修の機会として積極的に位置づけ,それを公的に認知させる努力が必要である。そして,その改善の視点として,本研究の調査や事例研究を通して明らかになった点を踏まえることが重要であろう。すなわち,教員のニーズに応じた教員の主体的な取り組みを引き出すような内容方法,それを通して,大学教員も教育現場や教員についての理解を深めるような研修のあり方を追究することである。
 教員研修に大学が取り組むことは,教員の指導力向上のためであるとともに,そのことによって大学教員の現場への理解が深まり,ひいては教員養成,教育研究の質が深まることになるということである。

X-2.教育委員会と連携した教職10年経験者研修への取り組みに向けて
 平成15年度から,教員の資質向上を図る目的で勤務して10年となる全教員に研修を義務づける制度が創設された。このことをきっかけとして,大学が取り組む教員研修については,新しいステージに踏み込みつつある。第1章でもふれたように,各地の大学が大学組織として,この「教職10年経験者研修」(以下,10年研という。)に,教育委員会と連携して積極的に取り組もうとしている。
 香川大学においても,平成15年12月に開かれた香川大学教育学部と香川県教育委員会との連携協議会幹事会において,教員研修に関する連携協力の今後の主な取り組みの中で,「10年研修と大学との連携について」検討されている。このことは次年度(平成16年度)に具体化に向け本格的に検討することとされた。
 この研修の実施主体は,香川県においては,香川県教育委員会並びに中核都市である高松市教育委員会である。すでに連携している大学の例を見ても,教育委員会側から協力の依頼が最初にあり,大学がそれを受ける形で事業が展開されている。協力の要請があれば,一から大学が企画実施する研修とは異なり,後に述べるようにいくつかの課題はあるとしても,比較的容易に取り組むことが可能であろう。
 ただし,重要なことは,他大学の取り組み事例でもあったように,大学が委員会側の要求にそのまま沿って研修事業を展開していくのではなく,大学と委員会が共に研修事業の中身を検討し,作り上げているということである。そこで,教育委員会側の意向やねらいと大学の提供可能な内容がすり合わされ,とくに大学の体制が組み直されるという事態が起こっている。この組み直しは,研修事業を立ち上げ推進する基盤を作ることだけにとどまらず,これからの時代に対応しこれからの時代を生き抜く新しい大学を作り上げていることにつながっていくのではなかろうか。

X-3.今後の課題−香川大学教育学部への提言−
 次に,香川大学教育学部への提言として,大学が取り組む教員研修に関する今後の課題についてまとめる。

X-3-1.学校現場(教員)と大学(教員)の相互理解
 学校現場(教員)と大学(教員)との間には,少なからず溝があるようである。もちろん大学教員も学校現場教員である。しかし,そのことは大学が外部からわかりづらいこともあり,なかなか理解されない。そして,ともに現場として雑務的な仕事に追われ忙しさが増す中で,お互いに余裕がなくなってきている。そのような状況の中で,学校現場教員の中には,大学が現場を理解していないことを根拠として大学に対して関心がない者,不必要感を抱く者も少なくない。一方,香川大学教育学部では,例えば,大学教員が学校現場で研修する制度等も立ち上がってはいるものの,あまり広くは知られておらず,大学について一般的に言えば学校現場に対する関心の乏しさがあることも否めない。言わば,互いにディスコミュニケーションの状況にあるといえよう。
 学校現場(教員)の研修も大学(教員)の教育に関する研究も,本来的には,子どもたちの教育がより善くなることに働くものであろう。このような関係が続くことは,大学にとっても学校にとっても,大変不幸なことであり,大きな損失である。
 これから,大学(教員)も学校現場(教員)もいかにして広い視野をもてるかが重要な鍵となるであろう。大学が一人ひとりの教員,個々の学校の研修を支援していく取り組みは,まさに互いにその視野を広め合うものとして構想実施されることが求められる。そういった取り組みが生まれて初めて,地域の教育にかかわる高等教育機関,教育研究機関として香川大学教育学部が認知され,「教育」のことならば香川大学教育学部に相談すればよいという状況も生まれてくるのではなかろうか。

X-3-2.教員養成の機会と研修の機会を互いに結びつけること
 研修講座の事例研究には,若干名の教育学部の教員と学生も参加した。研修講座後の検討会の際,学生からの質問からいくつかの議論が展開した。学生からの意見は大変素朴なものであるが,研究者や教員のいわゆる教育の専門家の枠組みからはなかなかでてこないものである。だからこそ議論が深まることもある。その際,改めて気づいたことであるが,大学には教員養成途上の学生や研修のために現場を離れている大学院生がいる。他大学の取り組みの中でも見られたが,大学が取り組む教員研修の場に何らかの形で学生や大学院生がかかわるような工夫が考えられてよいのではないか。このことは,研修教員と学生・大学院生の両者にとっても,やり方によっては非常に有効なものとなるように思われる。教員研修は一方的に教員を支援するものとしてだけでなく,それを第一義に考えながら,教員養成にとっても有効に機能するように構想することも今後必要であろう。

X-3-3.大学が10年研に取り組む際の課題
 法制化された10年研以外の取り組みについては,学内の協力体制等の条件さえ整えることができれば,大学が独自に立案実施することも可能である。しかし,法制化された10年研に関しては,取り組む際いくつかの課題がある。
 第一に,教育委員会等との総合的な連携をどう図るかという課題である。県教育委員会と市教育委員会(特に中核都市の教育委員会)との間でそのような連携関係を構築するかということである。例えば,愛媛大学教育学部では,愛媛県教育委員会,松山市教育委員会,今治市教育委員会のそれぞれと連携のための協議会を設けている。それぞれの連携は必要であると同時に,その連携を維持発展させるための学部の負担は大変大きなものになることが予想される。研修に関しても,県と市がそれぞれ独自の事業を展開することに学部がどのように関わるかという問題は避けて通ることができないであろう。
 また,教育委員会等との連携がうまくいっている大学は,大学側で対応する組織がきちんと構築されている。とくに実務的なレベルで連携協力先と対応できる組織がきちんと機能している。とくに法制化された10年研に関しては,研修プログラムを立てる際,研修の理念,具体的な内容方法を,連携協力機関と大学の担当者が共同で協議していく組織を設けることが重要である。大学においては,そのような組織にできるだけ多くの教員が関わるような運営の工夫があれば,大学教員の視野の広がりにもつながるだろう。
 第二に,経費の問題をどう解決するかという課題である。先行して10年研に取り組んでいる岐阜大学や信州大学においても課題となっていた問題である。例えば,研修教員を内地留学生として受け入れている岐阜大学においては,大学教員は職務として教員研修を担当することになり,謝礼等は受け取れない。平成15年度においては,研修成果の発表会に指導した大学教員が講師として招かれるという形で対処されている。今後,法人化され,大学にも外部資金の導入が積極的に求められ,それによって学部が評価される状況の中で,研修に関する経費の問題についても連携協力機関との間で経費のシステムをどのように構築するかという協議が必要であろう。

X-3-4.大学教員の情報のデータベース化
 具体的には,他大学で行われていたように,学部教員がこれまで教員研修等にこれまで協力してきた履歴やこれから協力できる分野・方法等に関する調査を実施することが考えられる。これは,教員研修だけにとどまるものではない。地域貢献が大学の目標の一つであることから,地域貢献についての評価システムの構築等も視野に入れて検討していく必要がある。

X-3-5.大学院修了生等の研究(発表)・交流のための組織づくり
 大学院には派遣教員をはじめ,現職の教員が修学している。香川大学大学院教育学研究科を修了した教員のアフターケアをどのように行うかは,香川大学が大学として地域の学校教員に関わっていくかの基盤となる重要な事項であると思われる。10年研のような法的悉皆研修に協力するだけでなく,香川大学が大学としてできる教員研修の場を独自に設けていくこと,それを修了生や学部卒業生をはじめとした地域の学校教員に活用してもらうことは,教員養成学部として,自らが育てた教員のアフターケア・アフターフォローに関与する,本来的な地域貢献となる。また,そのような組織に現学部生がかかわる工夫があれば,そのまま教員養成の重要な契機となる。

X-4.おわりに
 教員研修において,教育実践力の向上を考える場合,教員養成の場合とはどのように異なるであろうか。教員養成においては,より一般的な部分・基礎的な部分を考慮していくことが求められる。それに対して,教員研修においては,一般的な部分も大切であるが,より個別的な部分,教員一人ひとりのニーズや課題を大切にしていく必要があろう。とくに教職経験を積めば積むほどに,また社会的状況が変化するにつれて,それぞれの教員が抱える問題も多様化し複雑化する。とすれば,大学が教育委員会や学校と連携して教員研修に取り組む際,あるいは大学が独自に取り組む際,いかに一人ひとりの教員の研修を支援できるかということが鍵になろう。大学は人的にも物的にも,多様な資源を有している。大学だからこそそういった支援が可能であるといえよう。またそれを実現化していくためには,大学においては大学教員の相互協力・協働が不可欠である。



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