◆◇◆◇◆◇⇒《研究室遍路》
   「いること(being)」の意味 ・・・・・・・・・・・・・・・ 前盛 ひとみ
    
    私が「いのちの出会いと別れ」という深くて重大なテーマに関心を持ち始めたのは、
   学部の卒業論文のときでした。先天性の障がいのあったお子さんを亡くされてから10
   年以上経つお母さん数名にインタビューを行いました。長い年月を経ても心の内奥で
   続いている喪失感と悲しみの存在に圧倒される一方で、深刻な事態に際して発揮さ
   れる家族の力や、わが子を物理的には喪ってしまっても内的には絆を結び直すことが
   できるという不思議な心の働きに、強く胸を打たれたことを覚えています。このときを
   契機に、リスクを抱えて生まれてきた子どもと親との絆の結び方にも関心を持つように
   なり、医学的・発達的なリスクのある子どもや家族への心理的援助のあり方を模索し
   ようと、少しずつ心理臨床実践と研究を行ってきました。

    「苦しいときに一緒にいてくれてありがとう」―。早産のため保育器に入り、数カ月入
   院していた赤ちゃんが晴れて退院の日を迎えたとき、お母さんから感謝の言葉をいた
   だきました。入院中、時間をかけて一つずつ乗り越え成長する赤ちゃんの姿に支えら
   れながら、その時々に抱えていた不安や傷つきと丁寧に向き合ってきたお母さんでし
   た。「話を聴いてくれて」でも「励ましてくれて」でもなく、「一緒にいてくれて」と感謝を
   述べられたことは、私にとって特別な意味のある体験でした。

    自分の力ではコントロールできない事態に遭遇し、目の前で起こることをただひたす
   ら受け止めていくしかない状況にあるご家族に援助者としてお会いするとき、何もして
   あげられないという無力感に打ちのめされることの方が圧倒的に多いと言ってよいで
   しょう。そうした事態においては、特別な援助技法が役に立つわけでもなく、相手が前
   向きになれる魔法の言葉があるわけでもありません。しかし、最も大変な時期こそ、目
   に見える形で何かをしてあげられなくても、その苦しさを共に感じようと心を傾けて傍に
   いることが、実は相手にとって大きな支えとなることがあります。
 
    相手が本当に苦しい状況の中にいるときには、何かを「する(doing)」のではなく、共
   に「いる(being)」という非常にシンプルで全人的なかかわりが最も重要だと言われます。
   しかし、心のエネルギーを傾けて傍に「いる」ことは、実はとても難しいことです。相手か
   ら伝わってくる苦しみや悲しみの重さに耐えられずに、自分と切り離して外側から客観
   的に事態を分析・観察してはいないだろうか。「今はそっとしておこう」と言い訳をして、
   相手とかかわることから逃げてはいないだろうか。そんな風に自分自身に問いかけな
   がら、大変な状況を生き抜くご家族にbeingのレベルで寄り添い、共に希望を見出せた
   ら、と願う日々です。


   前盛先生のプロフィールを大学フォト内に掲載していますので、ご覧ください。


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       香川大学メールマガジン  第167号   2012年10月29日