◆◇◆◇◆◇⇒《研究室遍路》

発見のおもしろさ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 北林 雅洋  


  これだから研究はやめられない、そのようにつくづく思うことが、私の場合は年 に一回程度あります。ありがたいことです。最近の例を紹介します。どうしても入 手したいと探し続けていた資料を、この1月にやっとで発見し、期待したとおりの 内容をそこに確認することができたのです。

 理科教育では実験はとても重要です。仮説の検証など実験の役割や、授業での位 置づけ方など、いろいろな視点から論じられています。しかし意外なことに、実験 というものが何であるのか、という点に関する明確な説明はあまりありません。そ の点で私が注目しているのは、1945年に45歳で亡くなってしまった哲学者・ 戸坂潤です。『科学論』などの著書があります。『全集』も出版されています。し かし『全集』に収録されていない論文もかなりあります。私もこの数年間に22篇 を発見しましたが、一昨年、彼が最晩年にペンネームで発表したと思われる4篇を 見つけました。それが彼のものといえる確実な証拠を、探し求めることになりまし た。
 
  この4篇の論文は、複数の著者による論文集に収められていました。他の著者名 も、ペンネームと思われるものばかりなのですが、確実に実名である一人を特定す ることができました。その人も既に亡くなり、息子さんも亡くなっていたのですが、 沖縄のご実家には書斎が生前のままに保存されていて、多くの蔵書は沖縄市立図書 館に寄贈されていました。どちらも訪問して直接確認したのですが、期待した証拠 となるものを見つけることはできませんでした。

  ちょっとした思い込みが、発見を妨げている場合があります。「山元都星雄」を、 ペンネームだと疑いもせずに思い込んでいたのですが、念のために調べてみると、 この方も実名でした。山元氏がA氏に宛てた手紙が、1970年代に発表された論 文に紹介されていることもわかりました。しかしその論文では、手紙の終わりの方 が省略されてしまっていて、私にとっては省略された部分こそ重用だったのです。 論文の執筆者も既に亡くなっていて、A氏も既にお亡くなりになっているものと思 い込み、あきらめかけていたのですが、念のためにと調べてみました。すると、比 較的最近、自費出版された「資料集」があることがわかりました。それを取り寄せ てみると、ご自宅の住所と電話番号も記載されていました。すぐに電話をかけてみ ました。お元気な声で、対応してくださいました。手紙も保存されていて、その該 当部分をコピーして送っていただきました。そこには、戸坂潤のことも書かれてい て、期待したとおりの証拠となる資料でした。

  私は香川に来てから、坂出塩田開発を成し遂げたことで有名な久米通賢に関する 研究も始めました。通賢は、サトウキビを搾る砂糖車を改良して石製のものを考案 しました。その砂糖車の車石は現在も、いろいろな所で発見できます。種子島にま で伝わっていたというので、昨年1月に調査したところ、中種子町歴史民俗資料館 に展示されているのを、発見することができました。発見のおもしろさは格別です。


北林先生のプロフィールを大学フォト内に掲載していますので、ご覧ください。


■□─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─□■

  メールマガジン第149号  2011年4月25日