★☆★☆ ⇒《話題!!》
「遠隔教育」に関する文部科学省委託事業について・・村山 聡先生に聞く・・

――文部科学省から遠隔教育についての委託事業を受けられたということですが、
どういう内容なのですか?
むらやま:この事業は、文部科学省「先導的大学改革推進委託事業」というもので、
「諸外国における遠隔教育で教育を行う実態と、それを取り巻く国の規制や関与の
実態に関する調査研究」というものです。韓国などでは昨年8月時点の報告で、「
サイバー大学」は17大学あり、登録している学生が56,000人います。その
ような大学に対して、国がどのように関与していくべきか、その判断材料になるよ
うな基礎情報を収集して欲しいというのが文部科学省の意向です。実際、日本でも、
福岡アジアビジネス特区の一環で、キャンパスのない、日本で最初のサイバー大学
株式会社が設立されました。しかし、それはあくまでも経済特区における事例です。
調査研究期間は、平成19年12月1日から平成21年3月31日までの1年4ヶ
月です。学長以下、教育学部、大学教育開発センター、総合情報センターを中心と
して、全学の協力体制の下に事業を進めています。

――遠隔教育というと、インターネットを使ったe-Learningが思い浮かびますが、
e-Learningを対象にするのですか?
むらやま:今後の高等教育のあり方を考える上で、最も重要な論点は、遠隔教育=
e-Learningという一般的理解の克服だと思います。遠隔教育には、ビジネスとして
のサイバー大学・ICT(Infomation and Communications Technology)を奨励する
経済産業省の立場と、最高学府としての大学の質の確保をめざす文部科学省の立場
がありまして、これを対抗関係としてとらえることもできるのですが、どちらをと
るかという問題として考える必要はないと思っています。ブロードバンド普及を前
提条件として、種々の学問分野における特性あるいはトレーニング型教育が向いて
いるMBAなどと実地教育やディスカッションが重視される教育分野など、学問の
個性に従った柔軟な対応が必要になると考えています。

――もっと広い意味で遠隔教育をとらえようというわけですね。
むらやま:「遠隔教育」“distance learning”を字義通りに理解するとすれば、
e-Learningだけを問題にするわけではないと思っています。私は、経済史研究が専
門で、e-Learningの専門家でもないし、遠隔教育の専門家でもありません。この数
年、大学教育において、インターンシップや実践研究など、大学の外に出て学習す
る機会を学生に与えることが多くなっており、それが十分教育効果のあることを知
っている素人の教育者として、大学のキャンパス内だけではできない教育の意義を
感じているわけです。

――何となくわかってきたような気がします。
むらやま:たとえば、文献講読や演習を行う場合に、学生の学習時間、読書時間な
どを十分に与える必要もあり、必ずしも毎週授業をする必要はなく、時間を置いて
演習を継続していくとか、ブロックゼミナールのように集中して討議をした方が効
果的な場合もあります。私はドイツの大学の出身なのでよく知っているのですが、
例えば、冬学期に演習を行うとすると、すでに夏休み前に課題を与えて、各学生の
テーマも決めて、学期がスタートすると発表と討論を順次行い、最終的にレポート
提出をするというようなことをします。つまり、学期が始まった時には、すでにレ
ポートの初稿が出来上がっており、それを発表、討議で整理していくという形を取
る訳です。これは、時間を生かした遠隔教育の一種だと考えているわけです。

――「遠隔」の意味には空間的な遠隔と時間的な遠隔があるということですね。
むらやま:私の専門はローカル・ヒストリーです。一定の具体的で、把握しうる範
囲を限定して歴史研究をしています。近世の地域情報を集めて研究するのですが、
この方法論はまさに遠隔教育なのです。実際に旧庄屋のおうちを訪問し、蔵の中の
資料を一つ一つ取り出し、撮影をしたり、書写したり、その上で、分析可能なデー
タファイルにしたりします。しかし、資料の中に含まれるデータだけを分析するよ
うになると抜け落ちることがいっぱい出て来ます。江戸時代にはタイムトリップで
きませんから、実地検分はできませんし、当時の人にインタビューもできません。
でも、歴史資料にはそれを取り巻く特定の時空間が文脈として存在していまして、
資料自体に歴史を語らせることができるのです。その意味で、近世史家は常に遠隔
教育を実践して来ていたのです。

――ううむ。なにやら深いお話ですね。どうもありがとうございました。
(むらやま さとし、教育学部教授、人間環境教育)

   香川大学メールマガジン  第91号   2008年2月7日