★☆★☆ ⇒《研究室の小窓》
1.言葉のちがいとネズミの見方――――――――――――――――――金子之史

 イギリス人のビアトリクス・ポターさんはイギリスの動物で童話を書きました。
ネズミの童話本には『のねずみチュウチュウおくさんの話し』や『まちねずみジョ
ニーのおはなし』、『2ひきのわるいねずみのおはなし』があります。ポターさん
の素敵な絵から、最初はモリアカネズミ、2番目はハツカネズミとキタハタネズミ、
3番目はハツカネズミとわかります。ハムスターを飼った人は別にして、日本人は
ネズミの尻尾の長さを区別しません。ところが、ポターさんは『まちねずみジョニ
ーのおはなし』では、尻尾の短いハタネズミと長いハツカネズミを描き分けていま
す。日本語のねずみは英語ではmouse(ハツカネズミ)、rat(ドブネズミとクマネ
ズミ)、vole(ハタネズミやヤチネズミなどの尻尾の短い)、 hamster(ペットの
ハムスター)などがあります。日本語のねずみに対して英語は細かく区別して名を
つけています。物の見方と言葉とは関連しているのです。
(かねこゆきぶみ、教育学部教授、動物分類・地理学)


かがわだいがく Mail Magazine  第24号   2003年6月5日

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2.江戸時代のねずみ学――――――――――――――――――――――金子之史

 江戸時代の医師寺島良安は百科事典『和漢三歳図絵』(1712年)を著しまし
た。ねずみの項目には24あり、なかにはリス、ムササビ、モグラ、およびイタチ
も含まれています。本来のねずみでは「ねずみ」、「のねずみ」、「しろねずみ」、
「あまくちねずみ」、「のらね=はつか」がありますが、書かれている内容を読ん
でも、現在の生物学が区別している特徴は見つからないのです。ある部分はハツカ
ネズミ、別の部分はクマネズミに相当するというようにモザイク的な内容なのです。
これは1つの種類を決めて、その特徴を明らかにするといった科学的な方法がとら
れていなかったからです。1つの種類を特定するためには、毛色、大きさ、内部の
構造などを分析的に見ていかねばなりません。西欧では解剖学や分類学といった学
問はここから始まったのですが、日本では分析的な手法と種々の学問は、明治時代
になって西欧から本格的に導入されました。それからまだ1世紀半も経っていない
のです。
(かねこゆきぶみ、教育学部教授、動物分類・地理学)


かがわだいがく Mail Magazine  第25号   2003年6月19日

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3.シーボルトと日本のネズミ―――――――――――――――――――金子之史

 江戸時代の安政2年乙卯(1855年)に石見の国浜田城下(いまの島根県浜田市)
で「野ねずみ」の大発生がありました。その野鼠退治絵図のネズミは尻尾が長く腹
が白く、おそらくアカネズミと思われます。外形がよく似たヒメネズミには大発生
の事例を聞きませんし、ハタネズミは大発生をしますがアカネズミやヒメネズミと
ちがい尻尾が身体の半分の長さです。絵だけでなく標本も残っていれば、アカネズ
ミの大発生の年代を特定できます。大発生のような長期間にわたった周期性の現象
を調べるにはちゃんとした記録や標本が必要です。同じ江戸時代に長崎の出島に来
た(1822年)医師シーボルトは日本のネズミをオランダに送り、これらの標本に
よって日本の「ねずみ」に学名がつきました。現在でもライデンのオランダ国立自
然史博物館は、シーボルトが送ったヒメネズミ、アカネズミ、ハツカネズミ、クマ
ネズミの標本を保管しており、私も学名の検討のために訪れました。科学は一過性
ではなく時間を経過しながら蓄積し実証される学問なのです。
(かねこゆきぶみ、教育学部教授、動物分類・地理学)


かがわだいがく Mail Magazine  第26号   2003年7月3日

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4.生物多様性と分類学―――――――――――――――――――金子之史

 1993年に日本は「生物多様性条約」を締約しました。マスコミも地球上の生
物が多様であることによって地球上のさまざまな生物が生き続け、また進化が生じ
る上で大変重要であると報道しています。分類学は生物の多様性そのものを明らか
にし、その情報の整理と交流をおこなうための学問です。「言葉は物ではなく地図
は現地そのものではない」ように、分類学が世界共通語として用いる学名はあくま
でも地図であって現地ではありません。地図によって現地を確かめ、現地をさらに
見て地図の修正をします。地図と現地は車の両輪のように認識という車を前に進ま
せます。生物学では使った標本とその保管は現地の保存と同じ意味になり、自然史
博物館がその責務を負うのです。これが科学における再現性の確保です。地図をつ
くり、その修正をする専門家は分類学の研究者で、その育成機関も必要です。「多
様性条約」は締結されましたが、その基盤となる分類学者や自然史博物館といった
基盤づくりはこれからの課題なのです。
(かねこゆきぶみ、教育学部教授、動物分類・地理学)


かがわだいがく Mail Magazine  第27号   2003年7月17日

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