★☆★☆ ⇒《話題!!》
非随意筋的思考・・・・・・・・岡 晋平先生に聞く・・・・・・・・・・・・・

 数学者は日頃何を考えているのだろう。そんな思いから岡先生を訪ね、お話を伺
った。ぼくは怠け者なんです、寝っころがって天井見てますよとおっしゃる。しか
し油断してはいけない。どうやら先生は日夜、《非随意筋的思考》なるものにふけ
っているらしいのだ。

――以前、数学者は計算なんかほとんどしないんだと聞いてビックリ仰天したのを
覚えてるんですが(笑)。
おか:それはちょっと大げさですね。あれでしょ、計算とはつまり数字が出てくる
かどうかという問題でしょ?ぼく、計算は好きですよ。言っときますができないわ
けじゃない(笑)。たとえば最近、ある種の空間が20094個であることを見つ
けました、計算の結果ね。うれしかったですよ。無限個の自然数の中から2009
4という数字が決まったわけですから。

――数学者の論文というのは、数式の羅列で、これこれの計算の結果、これこれの
証明ができました、というものでしょう?
おか:論文に細かい計算は出てきません。記号は出てきますけど。それは計算をし
ているわけではなくて、思考の連鎖が述べられているわけです。

――思考の連鎖ですか。美しい表現ですね。先生は普段は何を考えてるんですか?
おか:ぼくは、怠惰なんです。寝っころがって天井見てる。何について考えている
かもはっきりしない。A4ぐらいの紙に何か書くのも好きですね。こんな感じで
...(編集者注:そのとき先生がサラサラと描かれた図は、宇宙人の卵のような
絵で、ことばではどうにも説明できないものでした)。ちょこちょこメモも入りま
す。数式とかも入ります。

――数字や記号ばかり相手にしていて楽しいですか、失礼な質問ですが。
おか:楽しいですよ。というのは相手にしているのは記号そのものではなく、その
記号が表している数学的対象だからです。実体があるんです。なにって、イメージ
ですね。どういえばいいんでしょう、自分の体、頭に積み重ねられてきたものとい
えばいいんでしょうか。よい数学者はよいイメージをもってます。考えることは昔
から好きでした。考えるときはほかの人が何をやっているかは気にしません。テー
マが浮かんで、それを証明するまでは純粋に自分の世界だけのできごとです。

――まだ誰も手をつけていないテーマを見つけるのは難しいことでしょうね。
おか:今も言いましたように、人のやったことを理解するなんてことに追われてい
てはおくれをとりますから、ぼく自身は他人とは没交渉でやっていきます。こうい
う事実が成り立たないかなあって、いつも考えてるわけです。いくつかテーマがあ
りますが、仮にそれが10コあるとして、5年間で1コ証明できれば運がいい方で
しょうね。

――ところで、数学者で先生と同じ姓の岡潔さんが、文学者の小林秀雄と対談をし
てまして、数学の問題は、散歩をしていてひょいと前方の景色が開けたような瞬間
にしばしば解けるものだ、数学とは情緒の問題である、前頭葉の問題であると言っ
てますね。
おか:同じ岡でも、オカ・ドちがいで(笑)あちらは文化勲章受賞者、言ってる意
味は分かります。ポアンカレも馬車から降りて石にけつまずいた時、パッと問題が
解けたと言ってますしね。それはある種の飽和状態がすでにあって、ちょっとした
きっかけでいつでも飛び出す直前の状態にあったということでしょう。筋肉に随意
筋、非随意筋というのがありますが、数学的思考は途中まで随意的なんです。それ
がある段階をこえると非随意的になるんです。例外は少ないと思います。例外があ
るとすればドイツのガウスでしょうか。ガウスは自分が極限状態にならなくてもす
ずしい顔してアイデアを出し、証明に至ったんじゃないでしょうか。論文の質と量
から見てそう思いますね。

――少年時代はどんなお子さんでしたか?
おか:野球少年でもありましたが、虫好きの少年でした。虫ばっかり追いかけてま
したね。ですからほんとは生物学者になりたかったんですが、生物学では食べてい
けないと先輩に言われ、当時は数学がまだもてはやされてましたからこちらにきま
した。結構、世渡りうまいんです(笑)。

――虫好きな人というのは結構多いですね。漫画家の手塚治虫さんがそうですし、
解剖学者の養老猛さん、仏文学者の奥本大三郎さんなどおおぜいいらっしゃいます。
最後にこれからの仕事についてお聞かせください。
おか:ゼロ次元の分類をやってるところです。1次元は線、2次元は面、3次元は
立体、4次元は以上に時間が加わったものですね。ゼロ次元というのはそこまでい
かないレベルです。

――うーん、分かりません。
おか:大ざっぱに言えば、疎(そ)な空間です。つながっていない、ばらばらな空
間のことです。そういうゼロ次元空間の分類に興味をもってます。最初にお話しし
た20094個というのも、ある種のゼロ次元空間の個数です。

――そうですか。分からないまま終わるのも心苦しいですが、どうも長時間ありが
とうございました。
(おかしんぺい、教育学部教授、幾何学)


かがわだいがく Mail Magazine  第21号   2003年4月24日