★☆★☆ ⇒《話題!!》
風、目にはさやかに見えねども・・・・・・・・森征洋先生に聞く・・・・・・・

 立春もすぎ、あと少しでそよ風の季節がやってくる。今回は森征洋先生の研究室
におじゃまし、風や、香川の気象についてお話をうかがった。

──素朴な質問ですが、風はどうして起きるんですか?
もり:風神様が背なかの袋から取り出すというのもありますが、まあ、科学的には
空気の運動ですね。うちわで扇ぐと風が起きますが、力を加えることで空気が動く
わけです。

──はいはい。
もり:で、むかしは風の原因は風が吹いてくる方角、つまり風上にあると考えられ
ていたんですが、実はそうじゃないんです。18世紀には嵐のような強い風の原因が
分っていなくて、たまたま当時の研究者が強風の原因を風上の方に問い合わせたん
ですね。そしたら「こっちは吹いてない」っていうんです。そこでどうも原因は風
上にあるんじゃなくて風下にあるんじゃないかと考えられるようになったんです。

──ほう...。真理は往々にして逆説的ですか。
もり:嵐の正体が風下の左側に中心をもつ低気圧であるっていうことがはっきりと
分かったのは19世紀中ごろのことです。これについては今ではオランダの気象学者
の名をとったバイスバロットの法則というのがありまして「北半球では風を背にし
て立ったとき、左手前方に低気圧がある」というわけです。

──なるほど、左手前方、つまり風下の低気圧に原因があるということですか。と
ころで風の研究はどんなことに役立ちますか?
もり:まず大気汚染ですね。風がどのように吹くか、動きを調べます。ええ、黄砂
も近年は汚染物質を大量に含むということで問題になってますね。それから、建造
物です。むかしは地震だけでよかったんですが、今は高く大きいビルについて風の
影響も調べます。あと、吊り橋もありますね。はい、瀬戸大橋もそうです。私自身、
学生時代に鳴門大橋の建設の際に風洞実験に参加したことがあります。

──先生が風の研究をライフワークになさろうと思ったきっかけは何ですか?
もり:これも学生時代ですが、神戸ポートアイランドがありますね。あれが計画さ
れて、うしろの山を削って埋め立てがおこなわれることになったんです。そのとき
に地域の気象がどう影響されるか、所属していた気象学教室で調査をしまして、そ
の手伝いをしました。風というのは身近な現象で、私も手にとれる空気や風の研究
がしたいなと思ったわけです。

──そのあと卒業されて香川に来られたんですか?
もり:いえ、そのまえに日本の最南端にあたる潮岬(しおのみさき)にいました。
和歌山県の串本ですね、そこに京大の風力実験所がありまして、そこで4年間暮ら
しました。風の強いところで、雨が横から降って来るところです。ときどき釣りも
しました。イカ釣りですね。それから香川にまいりまして、ああニンゲンがいっぱ
いいる...(笑)。

──香川の気候についてお聞きします。どんな特徴がありましょうか。
もり:まず、「なぎ」でしょうね。なぎは海陸風の現象です。ふつう風は、昼は海
から、夜は陸から吹きます。海と陸とのコントラストで生じます。その変わり目が
なぎです。ただ夜になりましても陸風が弱いものですから、夏などはほとんど風を
感じなくて、あの特有な蒸し暑さが夜中つづくような気がするわけです。

──そもそも香川は風そのものが少ないんじゃないでしょうか。木の葉がさらさら
揺れつづけるような風がほしいなと、よく思うんですが。
もり:・・・うーん。ただいちがいに風が少ないとは言えませんね。冬の季節風で
ある西風はけっこう強いんですよ。香川は自転車人口が多いですから、自転車に乗
る人は苦労しますよね。雨の少ないのは事実です。年間降雨量は香川と岡山がとく
に少ないですね。香川にため池の多いことはよく知られています。

──どうして雨が少ないんですか。同じ四国でも徳島や高知はいっぱい降りますの
に。
もり:四国は東西に四国山地が走っていましょう?湿った風が南から吹いてきます
と、四国山地にぶつかって、雨は高知や徳島の山間部で降ってしまい、香川までや
ってこないんです。台風のときの雨はこの対照がはっきりしてます。日本列島でも
冬は日本海側にたくさん雪が降って、こちら側に降らないのと同じです。

──ほかに特徴的なことはありますか?よくこちらに来られた方が「あら、高松っ
て意外に寒いのね」なんて言ってますが、高松=南国というイメージがあるせいで
しょうか。
もり:そうです、ここは意外に寒いんですよ。桜の開花だって東京より2日遅れま
すしね。まあ東京の温暖化がすすんでるということもありますが。夏は夏でまた暑
いんです。最高気温は赤道直下と変わりません。気候が温暖であるとよく言います
が、ことばがむずかしいですね。まあ、しいて言えば冬の寒さがゆるいということ
でしょうか。氷が張りにくいでしょう?冬はイギリスのロンドンと同じ位です。あ
と、春先の霧ですね。春先は瀬戸内海がまだ十分暖まっていませんから、そこに温
かでしめった空気が流れ込むと、霧が発生しやすいです。特に備讃瀬戸は地形的に
発生しやすいです。別名「鬼が島」で有名な女木島の「オトシ」もめずらしい現象
ですね。ふつう東側の島陰は風が弱いと思われてますが、ここの東浦(船の着くと
ころです)は冬に局地的な強風が吹きます。まだ原因不明です。

──風そのものは目には見えませんが、私たちは目、耳、鼻、皮膚など五感を通し
て風を感じます。
もり:クリスティーナ・ロセッティの詩「風」も、「誰が風を見たでしょう?わた
しもあなたも見ていない。けれど木の葉がゆれるとき、風がそこを通りぬけている」
と歌ってます。

──風がつくことばもたくさんありますね。風土、風習、家風...。風流、風雅
なんていうのもあります。また日本語で「洋風」とか「当世風」、フランス語や英
語でも《air》という語を使って「〜みたいだ、〜のようすをしている」という言
い方をしますが、どうしてそこに風や空気が出てくるんでしょうね。
もり:う〜ん、そうですねえ...。あれじゃないですか、見えないけど感じられ
るという...。

──あ、なるほど!見えないが感じられる、それがなになに風、なになにみたいと
なるわけですね。なるほど。よくわかります。それと私など、ハワイアンが聞こえ
てきますと、常夏の風を感じますが、先生はいかがですか?ハワイアンがお好きな
年代と思いますが。
もり:ええ好きですよ。ただ常夏の風を感じるかと言われますと...(笑)。音
に関しましては、季節風が吹いて電線がヒューヒュー鳴ることがありますね。あれ
は風が電線にあたると、その背後に空気の渦ができるんです。カルマン渦というん
ですが、その振動で鳴ってるわけです。簡単ですからちょっとお見せしましょう。
この四角い洗面器みたいな容器に3cmほどの深さの水と、底にうすくミルクが沈
澱していますが、割り箸をこう動かしていきますと、ほら、できますね。この渦で
す。

──ああ、できてます。それがカルマン渦ですか。なかなかきれいな模様ですね。
もり:これが電線や旗や松風や木枯らしの風の音を発生させているわけです。

──なるほど。今日は面白いお話を聞かせていただいた上に、実験まで見せていた
だいてありがとうございました。
もり:またいつでもどうぞ。
(もりゆきひろ、教育学部教授、気象学)

かがわだいがく Mail Magazine  第17号   2003年2月20日